第44話 再出発

 出発の時。新たな魔剣……【ベルゼビュート】を背負ったヴァイトの隣に立つ。


「ヴァイトさん」

「ん? どうしたメイヨ」


 メイヨちゃんが。曇った表情で。


「あたし……。ねえシンさん」

「ん? 俺か?」


 シンさんとヴァイトの顔を交互に見る。


「あたし。……ここに残っても良いかな」

「!」


 メイヨちゃんは。

 この2ヶ月ずっと、シンさんに付いていた。何をするでもなかったらしいけど、彼の研究を見てた。

 あの、亜人についての口論からずっと。


「ああ。好きにしたら良い」

「…………うん」


 ヴァイトはそう言う。皆きっと分かってる。止めない。彼自身が一番、『好きに』生きているから。


「メイヨ……」

「トミ……」


 トミちゃんが。

 ツガさんから、小刀型の魔剣を受け取って、説明を受けたばかりのトミちゃんが。その魔剣をぎゅっと抱いて、不安そうにメイヨちゃんに声を掛けた。

 いつも一緒だったふたり。同じ種族で。歳も近くて。

 一緒に、男爵を殺したふたり。


「残ってどうするんだ?」

「…………」


 シンさんが訊ねた。メイヨちゃんは彼へ振り向く。


「あたしに、お手伝いさせてください」

「俺の研究をか? 君が関心ありそうな『差別問題』とは真逆だぜ。魔界や魔獣の研究だ」

「はい」

「……ふむ」


 シンさんの質問に、力強く頷いた。


「あたしは、確かに差別が嫌い。けど、そんなネガティブな人生を送りたくはないの。あたしの尊敬する人達は全員、『魔界』を見てる。あたしも、『そっち』へ行きたい」

「…………」


 ヴァイトと、シンさんのことだ。

 このまま旅を続ければ、いずれ必ず、人界中央に行って。亜人差別と正面から対峙しなくちゃいけない場面が来る。そんな、確定している『嫌なこと』なんか回避して、好きなこと、したら良い。ヴァイトの言う通り、私もそう思う。


「俺に弟子入りしたいってことか?」

「はい」


 シンさんが確認する。研究者って、私は詳しく知らないから分からないけれど。何か興味を引くものが、メイヨちゃんにはあったのかな。


「俺はいずれ魔界へ行く。危険な世界だ」

「はい」

「死ぬかもしれないぜ」

「はい」

「…………ふむ」


 それから。シンさんはヴァイトを見た。


「悪いな。将来有望な人材をひとり貰っていくぞ。ヴァイトさん」

「別に構わねえよ。最初から俺のモノでも無え。メイヨのことはメイヨが決める」


 ヴァイトはこうだ。去る者追わず。きっと、誰が言い出してもそう。


「メイヨちゃん」

「ミツキちゃん。皆……」

「今までありがとう」


 止める人なんて居ない。私もトミちゃんも、タキちゃんもユクちゃんも。

 同じ屋敷で飼われていた元奴隷同士。5人で抱き合った。






■■■






 シンさん、メイヨちゃん、ツガさん達と別れて。

 クォ国の国境までやってきた。国境は、有刺鉄線の金網で引かれていた。警備隊のような人達がまばらに哨戒してる。クォ国はイクサと隣国だから、そっちに警備を割いて、反対側のこちらはあんまり警戒してないのかな。


 今、私達は茂みに隠れて観察してる。

 ヴァイトと私と、タキちゃん、ユクちゃん、トミちゃん、マモリさん。6人で膝を突き合わせて。


「正面突破はナシだな」

「そうなの?」


 ヴァイトの言葉にトミちゃんが質問。確かに、力押しで行けそうもないけど。


「俺らの目的はイクサ、んでその後の人界中央、タイヨウ国。そこへ着くまでに、派手に目立っちまうと良くない。流石にお前らを守りながら、軍相手に大暴れはできねえよ」

「あたしも戦えるよ?」


 トミちゃんは、腰に差した自慢の魔剣を触る。ていうか。

 派手に目立つことを、ヴァイトが気にするなんて。

 今でひとりだったけど、今は違うから。考えてくれてるんだね。


「……駄目だ。確かにトミの戦闘経験も積ませてえが、今じゃねえ。こんな開けた場所じゃあな。シンに貰った魔獣肉も多くは無え。ただでさえ、お前は俺より呪いがキツイんだ。今は慎重に行くぞ」

「…………はぁい」


 早く、戦いたいんだろうな。けどヴァイトの言うことはちゃんと聞く。トミちゃんも素直な子だ。


「じゃあどうするの?」

「そりゃ、武力以外の方法つったら、『交渉』だろ!」

「へ?」


 ヴァイトは、すくっと立ち上がって。


「ちょっ。ヴァイト!?」

「んじゃ行くぞ。ここで待ってろ。なに、相手は『人』。だろ!」


 そのままずんずんと、国境の方へと歩いていってしまった。


「……えっ」

「ちょっ……」


 違う。ヴァイトは。

 派手に目立つことを嫌うなんて。らしくない。そうだ。


 バカだ。


「待って皆」

「ミツキちゃん?」


 ヴァイトに続いて茂みから出ようとした皆を止める。


「似合わない嘘だよ。ヴァイトは、話し合いで解決なんてする気無い。最初から」

「でも……。というか、戦闘になるじゃない」


 マモリさんから当然の指摘。


「ヴァイトは、いつもひとりで戦ってきた。それが一番戦いやすいから。私達が居ると、『守らなくちゃいけない』から大変。だから、私達をここに隠したんだよ」


 不器用でバカだ。だけど。


「…………あたしも戦えるのに」

「トミは、ここでわたし達を守るの。でしょ? ミツキちゃん」


 口を尖らせたトミちゃんに、私のフォローをしてくれたユクちゃん。


「うん。それと、ヴァイトがやばくなったときに、助けてあげて」

「……分かった」

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