第25話 強い男
「南……」
「ユクちゃんの故郷は北なんだっけ。遠ざかっちゃうね」
「……うん。まあ、先に復讐しなきゃいけないからそれは良いんだけど。わたしも、優しくて好きだったツキミちゃんを殺した奴は許せないし。……でもこの先どんどん、人界の中心に向かうにつれて、わたしはこの馬車から出られなくてなっちゃうなって」
「…………ユクちゃん」
山道を馬車が往く。少女5人。会話は尽きない。
「穴」
「ん?」
私は子供だ。それについてなぜだか、いらついている。
勿論態度には出さないけれど。
「空いちゃったね。魔剣」
「……ああ。ゼイの屋敷にあったのは肉だけだ。牙でも爪でもありゃ、塞げたかもしれねえがな」
運転はゲルドに任せて。ヴァイトは休んでいた。隣に私。逆隣に……マモリさん。
「魔獣にも種類と名前がある」
「らしいな。気にしたこと無かったぜ。まあ魔界にゃ人が居ねえ。つまり言葉も無えからな」
「……『研究』してるんじゃないんですか? 殺人族達は。魔界のこと。魔獣のこと」
「なるほど?」
ヴァイトは大人だ。姉さんは私より7つ年上だった。つまり、生きていたら今、23。
「魔獣の素材を使った武器を使えば、魔獣に勝てる。そんな武力を集めたら、人界の拡大に繋がる。人口問題と領土問題を解決させられる可能性があるのが、この……いわゆる『魔獣産業』なのでは」
「ほう。ゼイはそれに噛んでたと」
「可能性はあると思います。伯爵が魔獣肉を取り寄せていたルートを辿るのも、真相に近付けるかもしれません」
マモリさんは、そのひとつ上で24歳らしい。
「まあ、俺には関係無え話だ」
「そんなことないですよ。伯爵のように魔剣で武装した戦士が、この先出てくる可能性が高いってことです。そうなると、ヴァイトさんでも苦戦してしまうことも大いにありえるでしょう」
「あー。そうか。だが、中央へ行けば行くほど、魔獣肉は手に入らねえだろ」
「……『飼っている』とか」
「…………ああ。魔剣が1本でもありゃ雌雄で生かして捕まえて連れ帰りゃ可能っちゃ可能、か」
ヴァイトとマモリさんが、なんだか真面目な話をしている。大人の会話。
「まあ、それならそれで良いぜ。俺も全力で、呪いを気にせず暴れられるってことだろ。構わねえよ。誰が相手でも絶対負けねえ」
「……カッコイイですね」
「自分に自信は持っとかねえとな。魔界じゃ生きていけねえ」
マモリさん。なんで、あんなこと訊いたんだろう。せ。性欲の処理なんて。あの場は、ヴァイトは答えなかったけど。
男の人って、どんな感じなのか知らない。男爵は毎日発散してたみたいだけど。
「なあマモリ。さっきの話だけどよ」
「!」
まさか、ヴァイトの方から掘り返すなんて。
「なんですか?」
「俺、そもそもツキミの
真面目。
ヴァイトは姉さんが本当に好きなんだ。操を立ててる。姉さんが亡くなっても。
「一夫一婦制って、殺人族だけなんですよ」
「そうなのか?」
「!」
また。マモリさんの爆弾投下。
ヴァイトは素直でバカだから、鵜呑みにしないでほしい。変なこと、教えないで欲しい。
「だって、効率悪いでしょ? アタシ達少数種族は、圧倒的に数が少ない。そもそも『少数』って名前が付いてますし。女は一度にひとりの男の子供しか産めないけれど、男は一度に何人もの女を孕ませられる。できるだけ強い男の、子を沢山。まず増えて、数を。全てはそこから。倫理や節操は、置いておく。それは豊かになった余裕ある者が考えるもの。……それだけ『窮地』に立たされているのが、今の少数種族。とりわけ……翼人族と牙人族」
ちらりと。私を見たマモリさん。
「ふむ。ツキミはそんなこと言ってなかったがな」
「それは、ヴァイトさんが男として優秀だから。独占したくなるのも分かります」
「そうか? デケえ屋敷もねえしカネも稼げねえぜ」
「――でも、『強い』」
「ん」
マモリさんの目的は、ユクちゃん達と一緒で、復讐を終えた後に故郷へ帰ること。と思うんだけれど。少し違うのかもしれない。
「弱肉強食の自然界において、『強い』ことは大きなアドバンテージで、女へのアピールポイントになります。妻が子を孕めば、夫はその間守らなくてはならない。家族が増えれば、その分獲物を狩ってこなくてはならない。もしもの非常時、夫・父が『強』ければ強いほど、状況は有利になる」
「…………ふむ」
またしても、素直に聞いているヴァイト。
「まあ、女が強くても問題ありませんが、結局妊娠中は無防備になる。とすると、女としてはできるだけ強い男を探して、より強い男に魅力を感じて、その強さと安全性を手に入れようと誘惑するのは必然です」
「そうなのか。俺には女の気持ちは分からん。モテたい為に強くなった訳じゃねえぞ?」
「はい。それでも。多分アタシの人生の中で。これまでもこれからも。ヴァイトさんより強い男はきっと、現れません」
「!」
言った。遂に。
マモリさんは大人だから。簡単に。
「…………」
ヴァイトの返答は。ていうか私が居るのになんでここで、このタイミングで言うのよ。
「アタシ達は、全員、不安です。弱いから。他の場所や環境だったら、別の方向の強さを発揮はできるでしょうけど。『今、ここ』は。自然界で、殺人族に追われる犯罪者一味で。……アタシ達固有の『強さ』は満足に発揮されません。ここで求められる強さとは、純粋な戦闘能力。アタシが何を言いたいか分かりますか?」
「…………いや」
マモリさんは、ヴァイトの返答を待って皆の方を向いた。
「ねえ皆。ユクちゃん、タキちゃん、メイヨちゃん、トミちゃん」
「ん?」
「はーい」
「なに?」
「ヴァイトさんと結婚できるならしたい?」
「!」
言った。この人は。本当に。
「…………はい。できる、なら」
「はーい! ヴァイトお兄ちゃん好き!」
「……ま、まあ。あたしも」
「………………うん」
全員が。
手を挙げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます