第21話 決着

 明るくなった。いや、まだ夜なんだけど。

 ゼイ伯爵の口が光ったんだ。赤く。


「ぼうっ!」


 ゴオオ。強い風の音。炎だった。ゼイの口からそれが吹き出て、ヴァイトの身体を覆った。


「んん……っ! オラァァッ!!」

「!」


 ヴァイトは大剣を団扇のように、横にして薙いだ。彼の身体からは炎が消え去る。その風圧で、ゼイの帽子ハットが脱げてしまった。


「…………ちっ!」


 距離を取ったゼイの舌打ち。私は、見た。

 ゼイの頭。側頭部。


 ……毛の生えていない、『はげ』の部分が、大きく左右に2箇所。


「やーっと火ィ吹きやがったな! 殺人族にんげんの真似事はストレス溜まるだろ! なあ! のゼイさんよォ!」

「!」


 ざわついた。皆が見たんだ。色街の住民に、野次馬に、警察官に、兵士に。

 ヴァイトが大声で叫ぶ。


「その頭どうした!? 殺人族にんげんになりたくて角取ったのか!? そりゃ種族のアイデンティティじゃ無かったのかよ!? 殺人族にんげんと姿形を合わせて、仲間に入れてもらって! 一緒になって『亜人差別』やってたのか!? お前が『亜人』なのに!!」


 ヴァイトの声は大きい。この場の全員が聞いた。

 衝撃。

 種族差別が横行するこの伯爵領の。

 領主が、『角人族』だった。殺人族にんげんじゃない。少数種族。殺人族にんげんに、差別される側の種族。いわゆる、亜人。

 私や、ユクちゃん達。この女の人と同じ。


「………………殺す!」

「アイデンティティ無くなったら語彙も減るのかよ!?」

「殺す!」


 先端の砕けた魔剣で、ヴァイトへ斬り掛かるゼイ。相当頭に血が上っているのか、瞳孔は開いて目は充血して。剣も大振りになってきている。


「ヤケかよ! まあそうだよな! せっかく時間掛けて騙して信用積み上げて領主になったのに、もうおしまいだ! 少数種族とバレたからには、お前も明日から差別されるんじゃねえのか? お前が『そのように』街を作ったんだからなァ!」

「クソがっ! お前のせいだ! 絶対に殺してやる! この薄汚い獣がァ!」


 ヴァイトは丁寧にそれら攻撃を捌いていく。何度目かの打ち合いで、遂にゼイの右腕を切り落として剣を離させた。


「ぐあっ!」

「もう異能は使えねえな! さあ復讐するぞ!」

「やめろっ……!」


 痛みに悶え、うずくまるゼイ。ヴァイトが、魔剣を振り上げる。


「獣だァ? バカ言え俺は、てめえを殺すだぜ」

「待っ――」


 あんな無骨な剣が。

 綺麗な、曲線を描いて。

 その軌道上にあったゼイの首が、音も立てずに切り離された。


「あの世があるか知らねえが、ジジイに会ったら伝えとけ。俺は元気に殺ってるってよ」


 ゼイ伯爵が死んだ。ヴァイトの復讐は、果たされた。






■■■






「ヴァイト!」

「おう。無事だったかミツキ。……と、アンタ」


 私達は1階に降りてきた。周りの建物はそれぞれ全壊に半壊に、散々な光景だ。月が出てる。それに、電光で明るい。

 ヴァイトは私達の無事を確認してから、再度兵士達に向かって剣を構えた。


「さて。まだやるか? 俺達は次の街へ行く。ゼイより強え自信がある奴は前へ出ろ」

「…………っ!」


 全員が、唾を飲み込んだ。誰も動けない。当然だ。

 ふたりの戦いが激しすぎて、近寄れなかった人達だ。『盾』にもなれなかった人達。私達の居た部屋へ向かう人も居なかった。動けなかったんだ。

 ゼイを含めた人の死体が、そこら中に転がっている。


「……この街に、魔獣が居るか?」

「…………は」


 ヴァイトが、少し語気を緩めて。訊ねた。


「そう。それ私も思った。ゼイ伯爵がこの街で魔剣を使ってるなら、『呪い』を防ぐ為の魔獣食も絶対やってる筈だよね」

「だよな。なんらかの方法で、魔獣を食ってる筈だ。それを寄越せ。分かるか?」

「…………ぐ、はいっ。恐らく、伯爵の、屋敷に。確か地下に、魔獣の肉を保管してある氷室があります」


 兵士達は正直に答えた。誰も、ヴァイトを止められる人が居ないからだ。数の優位を活かして一斉に襲い掛かっても、それでも大勢死ぬし、勝てるかも分からない。『確実に死ぬ最前線』には、誰も行きたがらない。

 ヴァイトにはそれだけの実力と、迫力がある。領主であるゼイを打ち破ったことで、彼らに与えた衝撃は計り知れない。


「よし。アイツらも呼んで、全員で行こう。ここまで暴れたんだ。どこで恨み買ってるか分かんねえぞ」

「あ、その危機感はあるんだ」

「うっせ」






■■■






「生きてる魔獣は流石に居ねえのか。この肉はどこから来たんだ?」


 そして。

 ゲルドの馬車でみんなと合流して。ゼイの屋敷にやってきた。案内された地下には冷凍室があって。そこで紫色の肉が保存されていた。


「これ以上は、分かりません。伯爵の個人的な取引だったので」

「そうか。まあ、呪い来る前に食うか」

「魔獣を食べるの!? これ全部魔獣!?」

「ん」


 タキちゃんが、驚いて声を挙げた。


「ああ。言ってなかったか。良いよな? ミツキ」

「えっ。私に振るの? 好きにしたら」

「ふむ」


 魔剣と異能と、呪いと魔獣食のことは、弱みになるから知られるのはリスクがある。けれど、ここへ来てはもう、関係ないかもしれない。


「魔剣の異能を使ったら呪いで死ぬんだ。それを防ぐ為に、魔獣を食わなくちゃいけねえ」

「…………『呪い』。尾人族の伝承でも、魔獣の肉は食べると『魂の病気』に罹るって言われてるけど……。そうだったんだ」


 どの種族の宗教でもあるのかな。だとしたら、大昔の人達は皆知ってたんだよね。


「『魂の病気』だってヴァイト。身体とか心の病気じゃないんだ」

「おう。あながち間違いじゃねえかもな」

「バーカ」


 ともかく。これでヴァイトが回復できる。

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