第20話 ヴァイトvs.ゼイ

「なあヴァイトよ」

「…………」

「おいヴァイト」


 青空の下。

 風に揺れる草原の上。


 少年がふたり、並んで座っていた。


「……あ? 俺か」

「お前はヴァイトだろうが。馬鹿なのか」

「えーっと。お前はなんだっけ」

「ゼイ」

「あー。そんなんだったな」

「やはり馬鹿だな。名前くらい覚えろ」

「難しんだよ。普通の会話より」


 ふたりとも、目は合せない。どこかの空を見ている。


「で? なんだよゼイ」

「昨日、街へ降りた」

「へえ。ジジイに殴られるぞ」

「そこで、何を見たと思う」

「知らねえ」

「リンチだ」

「あん? なんだそりゃ」

殺人族にんげんが、他の種族を殴っていた。数人の男で、ひとりの女を」

「あーリンチ」

「理由を訊いたんだ。この女はどれだけ悪いことをしたのか」

「何したんだ」

「……何も」

「ん?」


 少年ヴァイトが、そこで少年ゼイの顔を見た。


「『この女は亜人の癖にひとりで街中を歩いていたから』。男達はそう言っていた」

「なんだそりゃ」


 少年ゼイも、少年ヴァイトへ向き直る。


「ジジイは『アレ』を、俺達に見せたくなかったんだ。なあヴァイト」

「は?」

「僕は『ああ』はならない。絶対に」

「…………知らねえけど。好きにしろよ」






■■■






■■■






「ゲホッ!」


 帽子ハットを被り直し、剣を構えるゼイ。捻れた剣の先端をヴァイトへ向けて、槍のように。


「…………【コスモケラト】の異能は、『貫通』だ。お前の命を一直線に、穿つらぬく」

「良いね。面白くなってきた。やってみろよ。よく狙え!」


 構わず、ヴァイトが駆ける。飛び掛かる。突きの態勢を取ったゼイは無防備だ。


「盾だっ!」

「はっ!」

「おっ?」


 ゼイが叫ぶ。すると、周囲に居た警察官や兵士達が、ふたりの間に割り込んだ。

 ゼイを庇うように。


「――ふん! オラァ!」

「ぎあ……っ!」


 袈裟斬り。肉の壁を、ヴァイトは切り開いて嵐のように突き進む。


「立派な『盾』だなァゼイ! 人の命を使う所が高級だ! ご丁寧に全員、お前らの言う『亜人』じゃねえか!」

「黙れェ! 亜人の命など安いモノで僕を守れるなら価値のある人生だろう!」

「ああ立派なこった。俺を目の前にして逃げねえって所が、『宗教』っぽさ出てんなあ!」


 ズバ。ゴシャ。ドバン。分厚い肉を力任せに斬る音が響く。誰も、ヴァイトを止められない。


「は、伯爵! もう、無理です! アイツ、異常だ!」

「なんだと貴様ァ!」


 ひとりの兵士が、ゼイの指示を拒んだ。

 尾人族の人だ。


「貴様『盾』だろうが! 平時は穀潰し同然なのだから、仕事を果たせ! 今がその時だ! 貴様を雇い入れたことで、家族がその間メシを食えただろう! 迫害対象から外れただろう! 亜人の分際で僕に意見するなァ!」

「………………!」


 ゼイが叱責する。兵士は震えながら、泣きながら。

 ヴァイトへ向かっていった。


「邪魔だァァァァア!」


 一閃。彼はヴァイトの魔剣に吸い込まれ、頭蓋から砕けて潰れて死んだ。


 それで、ゼイまでの道がようやく開く。ゼイも、溜めの動作を終わらせたらしい。


「散々亜人を斬り殺したのはお前だろうが。ヴァイトォ!」

「俺は差別はしねえモンでな! 向かってくる奴ァ『何族』だろうが全員平等に殺すぜ! てめえもだゼイ!」


 空気の渦が、ゼイを中心に巻いた。


異能解放リベレイション! 穿つらぬけぇぇぇぇぇぇえッ!」


 遅れて、音がする。


「!」


 螺旋の魔剣が、ヴァイト目掛けて矢のように突き刺さった。






■■■






■■■






「なあジジイ」

「あん?」

「なんで俺達を拾ったんだ?」

「……前に言ったろ。ワシにも妻と子がおったが、殺人族に理不尽に殺された。お主らを見た時、それを思い出した。それだけじゃ」

「なあジジイ」

「あんじゃい」

「ジジイ、殺人族じゃないんだろ? 見た目じゃ分からねえけど。そんだけ殺人族に恨みがあって、ゼイは良いけどどうして俺まで育ててくれたんだよ」

「……人は生まれながらに善悪が決まる訳ではない。育った環境、育てた者、見聞きする世界が、そいつを善にも悪にもする可能性がある。少なくともお主は、ワシの妻と子を見ても殺さんじゃろ」

「そりゃそうだけど……善とか悪とかよく分かんねえ」

「ゼイに教えてもらえ。あやつの方が賢いのは確かじゃな」

「俺はバカか」

「そうじゃ。きちんと自覚せいよ」






■■■






■■■






 ヴァイトの魔剣が、貫かれて穴が開いて。


「!」


 頭に刺さった――と思ったけれど。


「何だと………………ッ!?」

「はっ!」


 口で。

 ゼイの魔剣の先端を咥えて、その突きを止めていた。


「んんぐぐん! んがっ!」

「は!?」


 ギリギリと擦る音。そして遂に、魔剣を噛み砕いた。

 ヴァイトの。私より弱い歯と顎で。


「はっはー! そんなモンかよ!」

「バカな! ありえない! 【コスモケラト】の角だぞ!? 牙人族でも噛み砕けない筈だ!」


 ゼイが驚愕に染まって、硬直した。ボリボリと咀嚼を続けるヴァイト。


「ごくん! その通り俺ァバカだぜ。その剣も魔獣の素材なんだろ? なら喰える。てめえは喰えねえのか? なら俺の方が所に居るぜ。ゼイさんよォ!」

「こんなこと、起きて良い筈が無い!」

「良いも悪いも、実際に起きてんだから認めろ!」


 口角が、さらに吊り上がった。

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