第22話 選択肢

 ヴァイトがゼイと戦っていた頃。

 ゲルドの馬車にて。


「ほらよ。適当にメシ買ってきたぞ」

「ありがとうゲルド」


 袋を2つ抱えて、ゲルドが戻ってくる。既に調理済みの弁当が、人数分。尾人族のタキがお礼を言って受け取った。


「……ゲルドにお礼って、なんか変じゃない?」

「えっ?」


 それを見た殺人族のトミが、首を傾げた。


「だって、ゲルドはツキミお姉ちゃんを売った悪い仲介人だよ」

「……わたし達は外に出られなくて、お弁当を買ってきてくれたんだよ? 拘束もしてないしヴァイトさんも居ないんだから、いつでも逃げられるのに」

「…………!」


 ゲルドは奴隷売買の仲介人だ。勿論タキだって、快くは思っていない。

 だが、何にでも噛み付くトミの気持ちは、余り分かっていない様子だった。


「……確かに、なんで逃げなかったんだろうな」

「えっ」


 ゲルドは自分の分の弁当をタキから受け取り、荷車の入口付近に座った。


「ねえゲルドこっち来て。わたし手が使えないから食べさせて」

「は? なんで俺だ」

「良いから。皆お腹空いてるもん。ゲルドはちょっと我慢して」

「…………ふん」


 それを、ユクが呼び止めた。ユクは翼人族だ。他の種族と違って、腕が翼になっている。殺人族にんげんの暮らしをするためには介助が必要なのだ。

 ゲルドは自分の弁当を置いて、渋々そちらへ向かった。


「ちょ、ちょっと待ってよ!」

「なに?」


 それを。

 また、トミが止めた。


「なんか、この前から……。ゲルドを『許す』雰囲気になってない? 情報を引き出す為に一緒に居るだけで、元々ゲルドは……っ」

「トミ。良いよもう。大丈夫」

「……ぅ」


 メイヨがやってきて、トミの手を両手で包んだ。トミは力なく項垂れた。


「トミが怒ってるのは、ゲルドじゃなくて『殺人族じぶんたち』のことでしょ。やった罪は消えない。どう足掻いてもあたし達は殺人族。出自や育った環境が違えば、あたし達だって簡単にゲルドのようになり得る。『殺人族である限り』その可能性は消えない」

「…………ぅん」


 メイヨこそ、初めは怒り狂っていた。ゲルドに手を上げ、さらに屈辱と痛みを与えると脅していた。

 だが。


「……ゲルド、さん」

「は?」


 呼んだ。敬称を付けて。ゲルドは少しだけ身構える。ユクに弁当を食べさせながら。


「今の心境を、もう一度聞かせて。この2週間、あたし達と旅をしてきて。何か変化はあった?」

「………………」


 ゲルドが目を伏せて、考え始める。すぐ横で最年少のユクが、もぐもぐと弁当を食べている。領で採れた山菜のサラダと、同じく領内で飼育している畜産動物の肉を挽いて焼いたものだ。


「……お前ら、活動家にでもなんのか?」

「活動家?」

「内地の方じゃ、奴隷解放とか、種族差別撤廃レイスフリーを訴える団体があるんだよ。そいつらは殺人族の意識を改革したいらしい」

「そんなのがあるの!? 見てみたい!」

「ちょっと待ってトミ。話が脱線してる。今は、ゲルドさんのことを知りたいの。ゲルドさんも、この前もだけどはぐらかさないで」

「…………ふん」


 メイヨに諌められ、逃げ場の無くなったゲルド。溜息を吐いた。


「はぁ。……あのな。大抵の普通の奴は、大体同じなんだよ」

「?」


 語り始める。


「誰かが殴られたり、不当な扱いを受ける。それを見ると、気分悪くなる。まあ普通のことだろ。だが……『その場の流れ』とか『割り切った奴』とか。……必要に迫られると感覚が麻痺してくる。俺ら殺人族にんげんにとっちゃな。差別ってのは、生きる手段になってる。それをやると、儲かるし、食うものに困らない。仲間外れにされない。だが辞めようとすると、こっちまで被害が来るようになる」

「…………」


 ユクの隣に座ったまま。彼女が口を開けたので、もうひと口、肉団子を入れてやる。ユクは食べやすそうにして、また咀嚼を始める。


「選択肢が無かったって、お前らも言ってたよな。……皆そうなんだよ。殺人族にんげんは差別を行う種族で、そいつらが国を作っちまった。好きに生きるにしても、その選択肢をハナから潰されてる」

「どうして? 殺人族が一番選択肢多いじゃん」

「……一角馬ユニコーンを狩って捌いてたよな。あれは尾人族なら誰でも習うのか?」

「…………そうだよ。皆、個人差はあるけど大体10歳になる頃には同じことができる。そう教わるから。親から」

「内地の、中央の殺人族にんげんはな。狩りをしない。火の起こし方や水の濾過の仕方も知らねえ」

「!」


 ゲルドは、この場の誰より、人界に詳しい。それも、中央の文化に。


「『奴隷にやらせりゃ良い』からだ。店で何でも買える。自然に生きる動物からすりゃ『生きる』のに必要な根本的な生活力が、奴らには無えのさ。技術力だけ上がって、一般人はそれに胡座をかいてる。そんな所で生まれた子供はどうなる。生まれた時から身近にある差別にそもそも違和感を抱かねえし、今の俺みてえに『差別は良くない』と気付いた所で、その社会から逃げても生きていけねえのさ」

「!」


 殺人族。何度も言うが、これは俗称に過ぎない。彼らは皆、自分達の正式な名前を『人間』だと思っている。どちらが正しいかは、戦争の勝利者しか決める権利を持たない。


「結果。親から教わることが、金の儲け方と『差別の仕方』だ。獣の血抜きの仕方なんざ知らねえが、差別のやり方だけは専門家だ。そんな、『ひとりでは生きていけないバケモノ』が、『安全な国という保障を得て』『量産される』のが、今の人界だ」

「…………!」


 彼の説明は、妙にリアルで生々しかった。トミもメイヨも口を挟まず、黙って真剣に聞いていた。


「俺の心境? ひと言では片付けられねえよ。商品に情が移ったらもう廃業だ。今回の復讐に加担した俺も、もうあの魔人に付いていくしか選択肢無くなったんだよ」


 ごくん。

 話し終わって空いた間に。ユクの嚥下音がひとつ。


「美味しかったわ。ありがとうゲルド」

「…………ああそうかい」


 ゲルドは疲れた様子で。最後までユクの目を直視できなかった。

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