第18話 不平等で公平な世界

 夜。暗いと、視界が悪い。私は一応、ヴァイトの奴隷という体で歩く。けれど、この暗さじゃ私は、口を開きさえしなければ牙人族とは見られない筈。


「3200ナッツ」

「えっ?」


 私の前を行くヴァイトがぽつりと言った。


「そいつが、ツキミをあそこで買った値段だそうだ。高いのか? 安いのか?」

「…………安すぎる。私達の1回の食事で使い切っちゃうと思う」

「……そうか」


 不要。

 姉さんはそう扱われた。価値が無いんだ。3200ナッツの価値しかないと判断された。


「顔が不美人とか言われて、身体も大きかったな」

「……うん。多分、ひとりの時に、隠れて『食事以外』を食べてたんじゃないかな。ストレスで」

「あの屋敷に居ても不幸だったとは思うが……色んな奴から『要らない』と言われて、たらい回しにされた訳だな」

「うん」

「奴隷として使えないってことは、別の場所じゃ使えたんじゃねえのかな」

「えっ」

「あいつは、頭が良かったと、俺は思ってる。自分の人生をすぐに諦めて、妹の……お前の為に身を捧げたんだろ。んで、俺を誘惑して、お前の騎士に仕立て上げた」

「…………えっ。えっ?」


 ヴァイトは人界のことに疎い。けれど、そもそもこの人も殺人族だ。

 私より頭の回転は速い。当然に。


「俺はツキミにゾッコンでベタ惚れだからな。あいつの願いは全て必ず叶える」

「!」


 恥ずかしげもなく。そんなことを言える。

 ふたりはそういう関係だった。


「この復讐の旅が終わるまで。俺はお前を守るぜ」


 胸が締め付けられた。この感情は。

 知らない。






■■■






「ここだ」


 小さな小屋だった。2階建てだけど、なんというか間口が狭い。雑居ビル……って言うのかな。大通りから少し外れた道に。他のお店に挟まれて、建っていた。


 ヴァイトは堂々と正面から、中に入った。私も続く。


「いらっしゃい。良い子揃ってるよ」

「ああ。人を探しててな」

「指名かい? どの子だ」


 受付カウンターに、細身の中年男性が立っていた。


「ツキミって名前だ」

「……んん? そんな子居たかな」

「以前居たとかでも良いぜ。居たか?」

「はあ? あんた……お客さんじゃないのか?」

「良いから教えてくれ」

「…………」


 ヴァイトの態度に不信感を抱きながら、男性はカウンターに於いてある名簿を確認した。


「……居たよ。あのデブスだろ。愛想は悪いし牙は不気味で全然客が付かねえから早々に売っちまったよ。あんたデブ専かい」

「いつ売った?」

「あー? ……確か半年ほど前だ。もうその後は知らねえよ」

「アンタはここの代表か?」

「は? ああそうだよ。俺ひとりで経営してんだ。全くこのご時世、嫌になるぜ」

「同感だ」

「あ?」


 ヴァイトは右手で、背中の魔剣の柄を握って。

 左手で男性の顔面を捕まえた。


「ああっ!? 何しやが……痛えっ!」

「決まった。お前だ。ツキミを安いカネで買って、また売り飛ばした」

「いででででででっ! おっおいこら! やめっ! うぐぅ! 離……っ!」


 指が、めり込んでいく。血が吹き出てきた。

 魔剣の力を、使ってる。男性の顔がひしゃげていく。骨の、砕ける音。

 必死に暴れるけど、ヴァイトは意に介さない。全く力を緩めない。


「デブだ? あいつを太らせたのは何だ。ブスだ? 生まれつきの見た目がなんだってんだ。愛想? 自分から望んで始めた訳でもねえ奴隷の仕事でどうやって愛想良くするってんだ」

「ぎゃぁぁぁぁ……っ」


 潰れていく。ヴァイトの大きな手で。トマトみたいに。段々、悲鳴は小さくなっていく。


「お前が『好きに』人を奴隷にしてカネを稼いだんだ。俺も『好きに』お前を殺す。この世は不平等で、だ。お互い、嫌になるよな。分かるぜ、その気持ち」

「………………!」


 その内、力なく、だらんと手足も垂らした。

 ヴァイトの左手は、最後まで『握り切った』。男性の顔面は脳から目玉から骨から、前半分が全てぐちゃぐちゃに潰された。

 ぶしゅ、と音がして。


「…………あの世があるかは知らねえが、ツキミに会ってもお前は近付くな。差別野郎」


 ぐちゃりと、ヴァイトの手から離れて落ちた。


「終わったぜ」

「……うん」


 その握り込んだ左手に残った肉を、びしゃりと振り払って。

 2度目の復讐は終わった。

 私はそれを、瞬きもせず、目を一切逸らさずに、しっかりと見届けた。






■■■






「次はゼイだが、正面からは行けねえよな」

「……そうだよ。魔剣の力を使っちゃうから。今度こそ危ないって。今のも、少しだろうけどどれくらい呪いが来るか分かんないし」

「難儀なこった。やっぱ俺は人界に向いてねえなあ」


 この街は広い。大きい。そして整備されている。アルトン男爵領とは全然違う。

 ゼイ伯爵がどんな長なのか、まだ分かってない。


「キャアアアアアアッ!」

「ん」


 悲鳴。尾人族の女性が、奥の階段を降りてきた。きっと、従業員だ。奴隷の。


「……後の事、やっぱり考えてないよね」

「そりゃなあ。それが俺の生き方だ」

「バーカ」


 このお店の奴隷達がこの後どうなるのかは知らない。

 ヴァイトは私の手を引いて、お店を出た。


「取り敢えず戻るか」

「良いのかな」

「知らねえよ。好きにするだろ」


 悲鳴を聞いて、人が集まってくる。


「待って!」

「!」


 ガクン。ヴァイトが急ブレーキ。この人は。

 人に、好きにしろと言いながら。


「アタシも助けて!」


 お人好し過ぎる。


「…………分かった来い!」

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