第17話 好きに生きるリスク

「私は……」


 話が振られた。皆それぞれ、意見が違う。大きく、今の人界に不満があるのは共通してるけど、こだわりが違う。

 私だけ皆と違うことがある。それは、あの男爵から直接暴行を受けていないこと。私はお母さんと姉さんのお陰で、その魔の手から逃れてきた。

 その負い目も、ある。


「何かをするには、力が要ると思う」


 思い浮かべるのはヴァイト。あの、派手で鮮烈な登場。全てを意に介さず薙ぎ払う力。


「メイヨちゃんも言ってた通り、『好きにやったら良い』は、結構真理だと思う。でも、目的を達成するには障害が沢山あって。それを全部受け止めて噛み砕く力が必要なんだよ。ヴァイトにはそれがある。だから、口に出す言葉に実行力がある。人を殺そうとしたら、殺し返されるリスクが発生する。それを踏み潰す力。『好きにしたいこと』には責任とリスクが付き物だけど、本当にしたいなら力を付けるしかない」


 笑ってた。ヴァイトは、その力で自分の思い通りに生きている。

 きっとそれは楽しい。そして。

 それが、今の殺人族にんげんの隆盛に繋がってる。


「……ヴァイトの目的が復讐なら、今私達を連れているのはその役に立たないデメリットでしかない。私達はお荷物。だけど、それでも構わないくらい、ヴァイトは『強い』」

「…………そう聞くと、すごい我儘みたいだね」

「うん」


 別に、力と言っても武力だけじゃない。知力とか、団結力とか。戦争しないで発展することも、力の種類によってはできる筈。ただ、ヴァイトは武力を選んだだけ。


「人は皆、それぞれ我儘を通したいんだと、私は思う。それが実現可能な範囲が、その人の持ってる力によるってだけで」


 ヴァイトの持つ力にも、リスクはあるんだけど。それでも、かなり強力なのは間違いない。


「力があれば、我儘を通せる。今のこの世界は、全部その結果だと思う。殺人族が一番強くて、我儘を通してる。他の種族を不当に扱っても良いような法律を通してる。だから、それを覆すには、現実的に考えると、より強い力が必要だと、思う」


 流石のヴァイトでも、人界の殺人族全てを敵に回しては無事じゃ居られない筈。いくら強くてもたったひとりで、国を相手にはできない。


「……負けた弱い奴は、力が無かったから文句は言えないってこと?」

「ううん。文句も好きに言ったら良いと思う。それもリスクの内だし、文句を言って、相手を怒らせて殺されたらもう文句は言えなくなるってだけ」

「…………そっか」


 私達には今、選択肢が無い。周りの力によって雁字搦めの私達は、せめて唯一、通したい我儘がある。

 死にたくない、ということ。


「ヴァイトが一緒に居てくれる間に、力を付けないと。今度こそ、死んじゃうと思う。社会を変えるほどの力は難しいかもしれないけど、せめて『死なない』『殺されない』『捕まらない』『奴隷にされない』……。この程度の我儘を、通せるくらいには」


 好きにやったら良い。それで死んでも、『好き』の結果。姉さんはそうやって生きた。そしてそうやって、死んだ。リスクを受け入れた。

 誰しも、平等じゃない。状況は一緒じゃない。力を持って生まれる人も居るし、逆もある。その中で、自分にできる範囲で、精一杯『好きに』生きる。

 私も、姉さんに恥じない生き方をしよう。復讐を終えて。全て終わったら。


「……ねえミツキちゃん」

「?」


 ふと、メイヨちゃんが。


「ミツキちゃんって、ヴァイトさんが好きなの?」

「えっ」


 一瞬思考が止まった。元から大した思考してないけど。


「なんか、前より意見? がヴァイトさんに影響されてる気がする」

「…………」


 不思議なことがある。

 ヴァイトと出会う前の記憶が曖昧だ。どうやって、何を考えて生きてたんだろう。もちろん、家族のことははっきりしてる。姉さんのことも。そして、皆のことも。けど。


 明らかに、ヴァイトと出会ってからの記憶が濃すぎて。


「……ヴァイトは姉さんと『つがい』だよ」

「それはそれじゃん。ツキミちゃんはもう亡くなったし。ミツキちゃんはどうなの?」

「…………えっと」

「もう、メイヨ。ミツキちゃん困ってるって」

「えー」


 好き。

 ユクちゃんもさっき、ふたりに言ってた。好き。

 その気持ちは、多分まだ私には分からない。

 姉さんはどんな気持ちで、ヴァイトと一緒に居たんだろう。


「……私は、ヴァイトのこと、まだ全然知らないから。ヴァイトも多分、私のこと、『つがいの妹』としか見てないと思うし」

「ふ〜ん?」

「……何よぉ」


 ヴァイトは今、どういう心境なんだろう。どうして、私を連れてきたんだろう。






■■■






「店が判明した。行くぞ」

「あ。ヴァイトお兄ちゃんおかえりー」


 それからしばらく他愛のない会話をして。お腹空いたねと言っていた頃に。

 ヴァイトとゲルドが戻ってきた。


「姉さんが働いてたお店?」

「そうだ。外国に売られるまで、ツキミはこの領地に居た。隣町の娼館街だ」

「今から行くの? 皆お腹空いたって」

「分かった。確か人界じゃメシはカネと交換するんだよな。ゲルド頼めるか?」

「…………金なんかねえぞ。あんたらのせいで俺は廃業なんだからな」

「執事に貰ったカネがある。好きに使え」

「は?」

「これでしょ? はい」

「……1……2……。300万ナッツ!?」

「どうせカネ持ってても殺人族以外じゃ交換して貰えねえだろ。使えるのはお前だけだ。お前が持ってろ」

「…………な……!」


 ゲルドは大金を目にして、凄く驚いていた。元々、お金の為に仲介人やってたんだもんね。この中でお金の使い方を知ってるのは、ゲルドだけ。


「聞けば歩いていける距離だ。ミツキ。行くぞ」

「……!」


 どくんと、心臓が揺れた。

 今から、復讐だ。それに誘われた。私はお金を払って食事を摂る必要は無い。道中で何でも食べる。


「分かった」


 頷いて、荷車から降りた。

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