第16話 元奴隷達による宗教サミット
異臭。汗と香水と……なんだろ。ベタベタとした気持ち悪い臭い。ここから離れても鼻に残りそうな。
一見、商店街のようだけど。鉄の檻やガラスケースに入れられた子供達が並んでこっちを見てる。私達は荷車の窓から様子を窺っている。
檻には看板が掛けられている。中の子の種族や年齢などの情報だ。
檻に入ってない子も居る。お客が見やすいように木箱の上に立たせられて。首から看板を提げている。そういう子は決まって、泥なんかで汚れている。
「ここだ」
そんな道を馬車で進んで。ひとつの建物に辿り着いた。横に駐車場があって、馬車が停まる。
大きな建物だ。2階建てで、アルトン男爵の屋敷と同じくらい。
「ここは?」
「オークションだ。俺はいつも商品をここへ持ってきてる。ここは何でも売ってくれるからな。使えそうにないガキから、高級奴隷まで」
「どうやってツキミを買った奴を追うんだ?」
「売買記録は残してある筈だ。俺は常連だから、なんとか閲覧させて貰えるよう頼んでくる」
「分かった。俺も行く。護衛なんだろ?」
「…………ああ。まあ人の荷車に手を出す野郎はこの街には居ない。行くならふたりだ。この場で異種族を自由にはさせられない」
「分かった。待ってろ。ミツキ。お前ら」
「はーい」
私達の拘束は、見掛けだけでいつでも自分達で解除できる。何かあっても大丈夫。きっと私が叫べば、ヴァイトが飛んできてくれる。
馬車から降りるヴァイトとゲルドを見送った。
■■■
暇になった。
「ねえ、どうにかしてここの子達、助けられないのかな」
「えっ」
トミちゃんが、切り出した。彼女は奴隷制度自体に対して、とても憤慨している。
「……無理だよ。ヴァイトさんとミツキちゃんの足を引っ張ることになる」
「でも……。そうだ、ヴァイトお兄ちゃんに頼めば」
「無理だよ。それが一番無理」
「なんで?」
メイヨちゃんは、トミちゃんより冷静だ。けれど、手が一番早いのもメイヨちゃん。真っ先に男爵を刺して。ゲルドを殴った。
「ヴァイトさんは、奴隷制度自体に対しては特に何も思ってないんだよ。何回か言ってたけど、『好きにすれば良い』って。これがヴァイトさんの価値観。奴隷制度をして自分達を豊かにできるならしたら良いじゃんって」
「そんなの許せない。それが原因でツキミお姉ちゃんが殺されたのに!」
「……でも、それも『それぞれが好きにした結果』だから。ヴァイトさんはツキミちゃんの死を受け入れてる。自然界の出来事として納得してる。だから、冷静に復讐をやってるんだよ。『好きに』」
殺人族ふたりは、11歳と13歳。けれど私より色んなことを知っていて、考えて、頭を使ってる。これが殺人族。
「メイヨだって怒ってたじゃん」
「あたしは、『差別』が嫌いなの。特に種族差別は、『種族を理由に』不平等を強いることだから。あたしはミツキちゃん、タキちゃん、ユクちゃんを、トミやあたしと全く同じ『人』だと思ってる。ただ、種族が違うだけ。生まれ付き、翼がある。尻尾がある。牙がある。それだけ。あたしだって生まれ付き、肌が白い。トミだって生まれ付き耳たぶ大きいじゃん」
「…………耳たぶ」
言われてトミちゃんは、自分の耳を揉み始めた。
「わたしも、殺人族達の奴隷制度を辞めさせるのは無理だと思う」
「どうして?」
そこへ、加わったのはユクちゃん。翼があって手錠は掛けられないから、足に枷を嵌めてる。それが居心地悪そうだ。
「殺人族の差別意識は、宗教に基づいているから。ゲルドも言ってたけど、わたし達は『同じ人で違う種族』なんかじゃなくて。『亜人』で、『ヒトモドキ』なんだよ。生殖機能とか遺伝子とかそういうのは無視して、『教育』として、
「…………宗教」
宗教。これも、キーワードだ。ユクちゃんは憎むべき男爵達の死体も、きちんと翼人族の風習に倣って弔っていた。ユクちゃん自身宗教の否定はしてない。けれど、宗教というものの重み、みたいなものはこの中で誰よりも知ってるんだ。
「親から教わった宗教は、死ぬまで変えられないってこと?」
「うん。わたしはそう思う。だって、その人の世界そのもの。生きている証拠。心の拠り所。立っている大地の基盤だから。少なくとも、簡単には変えられない」
その、少し舌っ足らずな口で。小さな口で。
重い単語を扱うユクちゃん。私達の中で最年少。だけど私達の中で最も、視野が広いと思う。
空から鳥が、私達を見下ろすように。私達奴隷の気持ちも分かるし、殺人族の宗教にも一定の理解を示している。
「それが崩れると、人は生きていけない。心が壊れて狂っちゃうの。それが、宗教」
「…………ユクちゃんには悪いけど、わたしは宗教、嫌い」
「!」
次に、タキちゃんが意見を言った。両手と一緒に、尻尾もロープで拘束されている。いつでも解けるとは言え、ストレスなのは変わらない。
「無い方が良いと思ってる。だって、合理的じゃないこといっぱいあるし。現実を見ないで、頭の中だけで物事を考えてる。だから、劣等種族とか奴隷とかやっちゃうんだよ。わたしは殺人族の国に居たくない。いくら文明が発展していても。精神はずっと、昔からの宗教に縛られたまま」
「……でもさ、殺人族はそれのお陰で兵器を開発して、人界を支配して、豊かに暮らしてる。殺人族達にとっては、必要なものでしょ?」
「そう……だけど。わたし達からしたら迷惑じゃん」
「それは仕方ないよ。弱肉強食が真理だとしたら、戦争を忌避して武力を備えなかったわたし達が悪い」
「ユクちゃんは本当にそれで納得できてるの? あの男爵に何されてきたか忘れたの?」
「……わたし個人はそりゃ、殺人族は滅べば良いと思ってるよ。けど、わたしがひとりそう思ってるところで事態は好転しない。それに、同じ殺人族でも、メイヨちゃんとトミは好き」
「!」
この話題は、どうやっても殺人族へ憎しみが向けられる。だから、メイヨちゃんは自分が殺人族であることに憤りを感じたんだ。けど。
この中に、ふたりを責める人は居ない。
「ユク……」
トミちゃんが、申し訳無さそうな泣きそうな顔でユクちゃんを見る。
「ねえ、ミツキちゃんは?」
「……えっ」
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