ゼイ伯爵領
第15話 兄弟
「人間は素晴らしい!」
男が居る。
頭を
城と見紛う豪邸のテラスで、自分の街を一望しながら朝を迎える。
「この綺麗な景色! 綺麗な街並み! 綺麗な屋敷に、綺麗な妻!」
「まあ、あなたったら」
笑っていた。最高の幸福を味わっている表情だ。朝食は宮廷で出されてもおかしくない高級食材を用いた中央風のもの。テーブルを挟んで向かいに座る麗しい妻も嬉しそうに笑っている。
「国家という安全な制度。法律という安心の制度。科学という発展の要。どんどん豊かになる。我々はどんどん発展していく。どんどん、幸せになる」
清潔感のある、白のスーツ。シワやヨレなどひとつも無い。部屋にはゴミやホコリひとつ無く、壁や床はピカピカに輝いている。
「こうも文明を発達されられるのはこの世に人間だけ。いやあ、特権だよね。僕らは人間に生まれて良かった。さあ今日も、綺麗な部屋で仕事をして、美味しく調理された昼食を摂り、午後のティータイムを嗜んで、夜にはパーティをしよう。『人間』を、『文明』を謳歌しよう!」
華々しく。
絢爛に。
男の名は、ゼイ。
■■■
■■■
「兄弟ィ!?」
「おう」
2週間後。伯爵領に着いた。アルトン男爵領とは違って、街には道路が整備されていた。歩いても砂埃が立たない。馬車は一般人も乗れるような、バスがある。それだけじゃない。時折馬の無い車も走ってる。自動車だ。機械だ。大金持ちだ。
ここまで来ると、もう本当に引き返せない。ヴァイトはできるだけ魔剣を使わないようにしていかないと。あとどれだけ、『身体強化』ができるかも分からない。
「どっ。どういうこと!? ていうかヴァイト自体がもう最初から謎の塊なんだけどさ!」
ゼイという名前を聞いたとき、ヴァイトはカスだと言った。知り合いなんだ。と思っていたら。
兄弟って。
「俺と奴はガキの頃、魔界で魔獣に育てられたんだよ。んで、その魔獣を狩ったジジイに引き取られて人界で暮らした。俺が人語を話せるのはそのジジイのお陰だな。産みの親は知らねえ。いつどこで生んだのか。捨てたのか、食い殺されたか。だから俺は自分の年齢も知らねえのさ」
魔獣に育てられたのは聞いてた。けど、もうひとり居たなんて。
「それが何で、人界で伯爵なんてやってるの?」
「知らねえよ。ただ、あいつの興味は人界にあった。俺は逆だった。それだけだ」
「……仲、悪いの?」
「まあ、丁度良かったな。あいつはジジイを殺しやがったから、いつか復讐しようと思ってたんだ」
「!」
冷静に言うけれど。その瞳の奥に火が見えた。絶対、魔剣で暴れるつもりだ。それが分かった。
「ついでに寄り道するぜ。良いか? ミツキ」
「へっ? なんで私?」
「お前はツキミの『血の繋がった家族』だろ。この復讐の旅はお前がリーダーだ」
「えっ! なにそれ! やめてよ私は……復讐する気はあっても、力が無いじゃない。ヴァイトが居ないとここまで来れてないし!」
私達じゃ、ヴァイトを止められない。どこまでも、彼が中心だ。
もし、彼が呪いで死んでしまったら。そこから私達はどうすれば良いんだろう。そんなことは絶対避けたいけど、考えておかないといけないかもしれない。
「……親代わりだった魔獣を殺したから、そのゼイさん? はお爺さんを殺したの?」
「いや。俺も奴も、人として生きれるようになった方が良かったから、特に復讐じゃない。……今思えば奴は、人界の宗教に染まったんだ。ジジイは殺人族じゃなかったから」
「!」
■■■
「やあこんにちは」
「おお、ゲルド。こっちからってことは、アルトン男爵領帰りか」
「まあな」
「んじゃ中身は亜人か? 一応確認するぞ」
「ああ頼む」
私達少数種族は、目立つ。ゲルドが男爵から仕入れた奴隷として、荷台で拘束されたまま街へ入る。これで誰も不思議がらない。男爵の死亡は、まだこの街まで届いていないみたいだ。
「へぇ。翼人族に尾人族。それと人間が3人か」
「いや、こっちは牙人族だ」
「あの少女性愛者のアルトン男爵がこんなに売ったのか? 飽きたのか」
「さあな。金持ちの考えることは分からねえよ」
「だな。こっちの男は?」
「ああ護衛を雇ったんだ。最近何かと物騒だからな」
「確かに。よし確認した。まああんたのことだ。いつも通り問題無いだろ。ほら許可証だ」
「ありがとよ」
衛兵は、こんな風に簡単にパスできた。ゲルドという男は、やり手らしい。
「奴隷市場はこの先だ。……何を見ても驚くな。暴れるなよ。あと目立つなよ」
「分かってるよ。頼むぜお前ら。すぐ怒ってケツに■■■突っ込もうとするなよ」
「はーい」
ここは自然界じゃない。人の街。人の社会の為の、不自然な秩序がある。私達の目的を達成するためには、自由に動くことはできない。
「というか……ごめんね。成り行きだけど、私達の復讐に付いてきてもらって」
「んー。逆だよね。連れてきてもらってありがと。あたしは奴隷じゃなきゃなんでも良いから、友達の為に頑張るよ。人だって殺す!」
「…………うん」
私達にはまだ、選択肢が無い。今の道以外は全て、死に繋がるから。
死ぬくらいなら殺す。それがトミちゃん、メイヨちゃんの答え。
「着いたぞ」
「!」
私達は奴隷市場で売られた訳じゃないから、初めてだ。
ちょっと怖い。
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