第14話 気持ち悪い種族

 魔界とは、魔獣の住む世界のこと。だが、人界の端では、中央の殺人族が地図上に線を引いた向こう側にも、一応人の集落はある。追いやられた少数種族や、元々その地で暮らしていた種族達だ。殺人族は彼らを居ないものとしている。もしくは、馬鹿にしている。

 何故なら、人界の中心に住む人々は端の方のことを見下しているから。


 彼らが『魔界』と呼んでいる世界。それと境界線。それに隣接した街の人は、魔力に汚染されて不浄の存在であると教わる。


 それが宗教だ。


 大昔、まだ人界と魔界で境界が無かった頃。今のヴァイトのように、魔獣を狩り、その肉を食らい、魔剣を装備する暮らし方はあった。

 人界が定義され、壁が築かれた後も、その民族は魔獣を狩っていた。しかし人界で文明が発展してくると皆中央へ移住し、呪いを受け、死んでいった。


 その生き残りが居た。名はファング。既に老齢だった彼は、周りが皆中央へ移り住んだ時も、魔界から離れなかった奇特な人だった。


 ファングはある時、いつものように魔獣を狩っていた。そこで、魔獣が何かを守るような仕草をしたのだ。人と見れば死ぬまで食らいついてくる異常な生態を持つ魔獣が、普段は見せない動き。


 そこには魔獣の巣があって。見ると、ふたつの命があった。

 魔獣の仔ではない。


 ふたりの『人』の子供だった。






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「……目が死んでた。表情も死んでた。この世の全てに絶望してた。その『眼』が、気になったな。一目惚れって奴だ」

「きゃーっ」


 一目惚れ、というヴァイトの言葉に反応したトミちゃん。楽しそうだな……。


「子供の頃に、家族ごと拉致されて奴隷生活。そこから自分だけ娼館に売られて強制労働。そこからまた、不美人で使えないと言われて解雇。流れ着いたのが、戦場だった。自分に価値は無いと絶望してた。とにかく――そんな不幸な女だった」


 ヴァイトから語られる、私の知らない姉さんの話。そうだよね。絶望……。


「だが、その眼の奥はまだ光ってた。俺にはそう見えた。戦場にも、タダで死にに来たんじゃない。最後まで抗って、この世の不条理に噛み付いて、食い千切る覚悟があった。どうせ死ぬなら、何が何でも、精一杯の不利益と害を残してやる、ってな」


 同じだ。私も。

 もう家族はこの世に居ないと知った時。何もかもかどうでも良くなった。けれど憎しみは消えない。最後に暴れて、相手の耳でも指でも噛み千切ってから死んでやると思ってた。


「俺は惚れた身だ。『復讐も家族も全部やるから一緒に生きよう』つって、あいつは承諾した。……まあその結果は、ご覧の有様だがな。あいつは背中を刺されて死んだ。多分、亜人差別してる奴にな。俺は忘れ形見のミツキを探して、あの街まで魔界を通って来た訳だ」

「…………」


 最後に、私と目を合わせて。ヴァイトの話が終わった。


「だがまあ、似てねえな。顔も小せえし身体も細え。もっと食えよミツキ」

「う……。うるさいバカ」


 似てない。そう。私と姉さんは別に似てない。

 だから、姉さんだけ売られたんだ。それが無性に腹立たしい。


「ねえ、その戦場で犯人を見付けられなかったの?」

「まあな。ゴチャゴチャしてたし、あいつが刺された時に現場に居た訳じゃねえ。犯人は自軍だ。下手に殺せねえ。手掛かりは無えんだ」

「あれ? じゃあ今やってることは? 奴隷市場とか娼館には犯人は居ないじゃん」

「……俺はツキミの遺志を継いでる。あいつを苦しめた全員を殺すんだ。だからあいつの辿った道を通ってんのさ。男爵は最初のひとり。次に奴隷市場の売り手と買い手だ。ゲルドお前は……」


 トミちゃんとメイヨちゃんは、特に興味津々だ。戦争に興味を持つのは、殺人族の特徴なのかな。私はもっと、姉さんと交わした会話とか知りたいけれど。


「……まあ、『人』から恨まれる仕事やってんのは自覚してるさ。だが、俺は自分の正当性を主張するぞ。まず需要があって供給があるんだ。どっかのバカが『奴隷が欲しい』と思ったから用意するバカが出てきた。俺はそいつらを引き合わせて円滑に売買させて、その手数料を貰うだけだ。そこにビジネスがあったから手を出しただけだ。……こんな業界に入る奴も、大抵は貧乏だったりして社会から疎まれてる。俺も被害者だ。俺を殺すのは筋が違えぜ。魔人さんよう」


 ゲルドは開き直ってる。馬の肉をたらふく食べて気が大きくなったのかもしれない。


「お前から見て、こいつらはどう映るんだ? 本当にただの商品に見えるのか? それはどんな気持ちだ?」

「…………」


 ヴァイトの興味は尽きない。本当に疑問なんだろうな。人を商品にして売り買いするなんて。金銭の価値を知らない彼からしたらなおさら。

 敵と見たら躊躇わず殺すヴァイトが、命の価値を訊いてる。


「…………この先、『その質問』は意味をなさねえぞ。魔人さん」

「ん?」


 ゲルドは顔に影を差して、忠告のように言った。


「こいつらを見ろ。人間が人間を奴隷にしてる。亜人……異種族だけじゃねえ。中央の奴らは魔界付近に住む人間のことも蔑んでる。特にゼイ伯爵は、過激な人間至上主義だ。異種族どころか、気に入らない人間のことも、『本気で動物にしか見えてない』。そして、伯爵領からさらに内地に行けばその観念は増していく。それが奴らの宗教だ」

「……ふむ。殺人族らしい、イカれた宗教だな。『連帯感』『敵視』と『正当化』は殺しのハードルを下げる。そういう教育を、幼い頃からやってるって訳だ」


 ヴァイトは頷く。やっぱり冷静だ。


「だから、ここまで勢力を拡大したんだ。その宗教観が『多数派マジョリティ』だ。情に訴えるとかなんとか、全く意味ねえぞ。差別してる意識すら無え。そもそもんだからな」

「この……っ」


 メイヨちゃんがまた、激怒して手を挙げた。けど。


 ここでゲルドを殴っても、何も変わらない。虚しいだけ。


「……あたし、なんでこんな気持ち悪い種族にんげんに生まれたんだろう。他のが良かった……っ」


 そう言って、涙ぐんで拳を降ろした。私も泣きそうになった。

 この子は、自分も殺人族なんだから優遇しろ、とは考えない。私達少数種族に寄り添ってくれてる。

 それが嬉しかった。

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