第13話 差別と迫害の歴史

「駄目だよ! まず血抜きしないと!」

「んお?」


 ヴァイトとタキちゃんが、茶色の毛並みをした一角馬ユニコーンを仕留めてきた。ぐちゃぐちゃに首チョンパ。確かに、後で食べることを考えていない殺し方かもしれない。


「馬……というか、動物狩って食べたことないの?」

「いや? 日常だぜ。そもそも魔界に居たっての」

「どうやってたの?」

「ん? 殺して火ぃ付けて焼いて食ってたぞ」

「内臓は?」

「食うぜ? 全部」

「皮は?」

「食うぜ? 全部」

「信じられない!」


 タキちゃんが、頭を抱えて叫んだ。この子、狩猟民族だったみたい。

 そう言えば、魔獣を食べる時も、処理みたいなのは何もやってなかった。ただ殺して、食べたいサイズに切り分けて、焼いていただけ。

 ワイルドとかそういうの通り越してる。私も私で、気にしてなかったな。食に関しては。


「ほらそっち持って! こう!」

「ん。おう」

「で、向こうに川あったから! 行くよ!」

「ん。おう」

「一角馬はこう! 内臓はこう! 皮をこう! ナイフをこう! 次に――!」

「ん。おう」


 タキちゃんの熱い指示に、素直に従うヴァイト。ちょっと可愛い。






■■■






「美味いっ! なんだこりゃあ!?」

「……信じられない。ていうかなんで今までお腹壊さなかったの。普通なら病気になってるって」


 皆で囲んで、焼いた馬肉を食べる。美味しい。いや、私はそもそも寄生虫が居ても臭みが取れなくても、全部美味しく食べられるんだけど。


「……魔獣食が関係してるかもね。ヴァイトの身体はもう、見た目だけ殺人族で内臓とか中身は違うのかも」

「ああ、かもな。名実共に『魔人族』ってか」

「いやでもほんと美味しい。タキちゃん凄いね」


 服や洗濯やお風呂や、と言っていた殺人族ふたりも絶賛だった。殺人族は普通、街で料理を食べるから、こういう自然の食事は合わないと思ってた。味にうるさいイメージもある。


「……尾人族も肉、食うんだな」

「む」


 ゲルドが、ぼつりと言った。メイヨちゃんが即座に睨んたけど、タキちゃんが止めた。


「どういうことだ?」


 ヴァイトが訊ねる。


「……分かってます。尾人族は、殺人族にんげんから『猿』とか『山猿』って呼ばれてて。そこから転じて、獣と同じような扱いで。動物の肉を食べることを、共食いだって言う人が居ることも知ってる」

「共食い? 人と馬だろ」

「元々、尾人族という種族が山に暮らす狩猟採集民族なの。でもそれを知ってる殺人族は少ないから」


 歴史で習った。

 大きな侵略戦争が、人界であったこと。征服戦争とか、統一戦争とか呼ばれてる。殺人族が、他の種族に対して行ったこと。だから、その結果人界の9割が殺人族の領土になってる。

 今や奴隷として捕まった少数種族達の子孫が、少数種族の大半を占める。元の自然の暮らしなんて、教わる機会が無いから知らない。文化は、断絶。


 私やタキちゃん、ユクちゃんは、その数少ない『自分達の土地』に住んでいた。アルトン男爵の趣味というか。『養殖より天然』という考えだった。腹立たしいことに。


「わたしはまだマシだと思う。酷いのは、ユクちゃんでしょ」

「…………」


 ユクちゃん。この子は翼人族。人の身体に、鳥の翼。そして鳥の脚。

 一番大きく、殺人族から離れた見た目をしている。この子自体は、普通の女の子なんだけど。殺人族からしたら。


「翼人族にはなんかあるのか?」


 今は、ヴァイトに教える時間になった。私の番も来るかな。

 知って欲しい。偏見の無い目と耳で。虐げられてきた私達が、一番欲しかった言葉が。きっとその口から出ると思うから。


「……最近まで。ううん。今も、国によっては『そう』なんだけど……。わたし達翼人族はずっと、『鳥類』の仲間だと扱われてた。大昔は殺人族に食べられてもいたの。羽根はしなやかで丈夫で、装飾品や工芸品なんかに使われるようになって、沢山狩られた。住むところはどんどん北に追いやられて、もう殆ど魔界に暮らしてる。暮らしてた」

「……鳥類」


 ヴァイトもあ然とした。確かに翼がある。脚も人と違う。

 けど、この、目の前のユクちゃんを見て。

 そんな風に思える筈無いよね。というかユクちゃん、10歳とは思えないくらい大人びてるなあ。


「わたし達、他の人と同じように話せるし、殺人族との子供だって作れるんだよ。一緒なの。殺人族も、他の全部の種族も。なのに……手が無いって、嫌われて。足が変だって嫌われて。……元々こんな寒いところでは暮らしてなかったって、ママは言ってた」

「…………」


 種族を理由に、不当な扱いをするのが差別。ユクちゃんを始めとする、私達個人の人格や特性を無視して、『亜人だから』と迫害するのが差別。

 何か害を、他人にもたらした訳でもない。この迫害と差別と偏見に、正当性は無い。


「ねえヴァイトさん」

「ん?」

「ツキミちゃんを殺した奴を殺したら、わたしを故郷まで送ってくれる?」

「…………」


 ユクちゃんは。今も。手が無くて使えないから、トミちゃんが『あーん』して食べさせている。翼人族の足は器用に動いて手の代わりができるらしいけど、ユクちゃんは足を使わない。使っている所を見たことは無い。その理由は、誰も知らない。


「……送ってやりてえけどな。どっちみち、一度は魔界へ戻らなくちゃいけねえ」

「じゃあその後でも良いよ」

「あー……」


 珍しく、ヴァイトが言い淀んでいた。彼としても、放っておけないとは思う。けれど。

 このまま人界に留まっていても、弱っていく一方だ。ここから姉さんを殺した奴を特定して復讐して、それから魔界へ戻って、それから……。

 いつになるか分からない。その頃には状況も色々変わっている筈。


 というか、ユクちゃんがこんなに男の人に懐くなんて。なんだか微笑ましいというか。


「ねえヴァイトお兄ちゃん。あたし、ツキミちゃんとの話聞きたい。馴れ初めとかぁ、告白とかぁ」

「ん。そんなの聞きたいか?」

「うん!」


 トミちゃんはおませさんで、恋愛ごとに興味津々な様子。

 これ、私も聞いて良いやつなのかな。

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