第12話 7人4種族の旅

 それから、仲介人……名前はゲルド。彼の営業車である馬車で、ゼイ伯爵領へ向かう旅が始まった。ゲルドの言う奴隷市場で姉さんの名前と履歴を確認できるまで、拘束は続く。


 伯爵領までの道程は私達には分からない。けど方角と距離は、ヴァイトが獣的感覚? で分かるらしく、ゲルドの小細工を許さない。


 荷台は流石、人身売買用の商用車だからか、結構広い。私達全員が寛げそうだ。


「あんたも物好きだな。亜人のメス連れてハーレムか」


 ひと息付こうと御者台を背に座り込むと、運転するゲルドとそれを監視するヴァイトの会話が聴こえてきた。


「ん? ハーレム?」

「違うのか。いや人の趣味嗜好は知らねえけどよ」

「…………ま、色んな種族が集まってるのは面白えけどよ。俺はツキミのつがいだ。そもそも子供を集めてハーレムなんざ、意味不明だろ」

「そうかい。皆あんたに懐いてる様子だったが」

「そりゃ俺が来たことで男爵は死んで、奴隷から解放されたんだからな。ここまで付いてくるほどだ。まあ他に行き場が無くなったってのもあるが」

「……亜人と結婚か。その制度がある国は限られるな」

「そうなのか? 何でだ。殺人族の国だからか?」

「まあ、そうなる。あんた仙人か? 俗世のとこ全然知らねえんだな」

「ああ。俺は普段魔界で暮らしてるからな。人界のことは疎いんだよ」

「……冗談、じゃねえんだよな」

「この剣見ろよ。魔獣の素材で作った剣だ。魔人て通り名、知らねえか。いや俺から言うのも何だけどよ」

「……魔人。聞いたことはある。悪いが俺はこんな魔界に近い所へは、アルトン男爵とのコネがあるから来てただけだ。本来もっと内地で仕事してるんだ。そうか、あの魔人か……。そりゃ逆らえねえ。俺らとの価値観の違いも納得だ」

「やっぱ魔人で通じるのか。ふむ」


 特に今やることもないから、なんとなく聞き耳を立てている。割とフランクに話してるふたり。ヴァイトが、戦闘時以外はあんまり感情を出さないからかな。


「薄々感じてると思うが、人間……殺人族は他の種族を見下してる。差別って奴だ。それが結構根深い。自分達が『基本』で、それ以外を『亜人』……ヒトモドキつってな。大昔から迫害してる。普通に暮らしてた所を襲って捕まえて、自分の国に連れ帰って奴隷にする。その奴隷がそこでまた子を産んで、そうして200年経ったとか、ザラだ。人間達は生まれたときから、そういう思想を植え付けられる。そんな国が、人界の9割って訳だ」

「なるほどな」

「……冷静だな。あんたからしたら怒るべきことじゃないのか」

「俺は、つがいを殺されたからそれに対して怒ってる。だから当事者関係者は殺す。だが、そんな歴史と社会制度は俺に関係ねえ。奴隷だって、何だって、好きにすれば良いじゃねえか。俺も好きにしてる。俺も力でお前を言うこと聞かせてるだろ。嫌なら抗え。そのために力を付けろ。備えろ」

「…………それが魔界の価値観か」

「俺は普通だと思ってるがな。人界じゃ違うのか」

「……なら、提案があるんだが」

「なんだ?」

「俺と組まないか? あのメスガキ達を売ろう。あんたなら抵抗されずに出来る筈だ。特に翼人族は高く売れる。あんたの嫁を殺した奴を探すにも、資金は要るだろう?」


 ゲルドの提案。

 そうだ。それがあった。その懸念が。


 今もなお。私達はか弱い。置かれた立場は決して高くない。誰もヴァイトに逆らえない。厚意に甘えているだけだ。その気になれば、なんでもされうる。

 もしヴァイトが、その偏見のない心でゲルドの話を鵜呑みにしたら。

 そうだ。きっと、人身売買だってやる。ヴァイトは。姉さんの為ならなんだって。


「……カネか。興味ねえんだよ。使ったこともねえ。俺はこの件が終わったらまた魔界に戻る。カネは不要だ。というかな、お前。俺にも情ってモンはあるぞ。今更あいつらを酷い目に合わせられるか。保護者気取りもしたくねえが、せめて別れる時までは、守るつもりだ」


 ヴァイトは。

 冷静だけど、冷徹じゃない。そうだよ。人を殺すことになんの躊躇いも無い彼なら、この旅に不要な私達を切り捨てて進めば良いのに。


 誘ってくれたんだ。一緒に行くか? って。


「それにな、つがいの妹とその友達だぜ。どうして売るって発想になんだ。やんねえよ」

「……そうか。残念だ。あんたと組めば、いくらでも稼げそうだと思ったんだが」

「お前も忘れるなよ。嘘だと分かった瞬間に俺が殺すんだぜ」

「…………分かってるよ」


 私はこの時に、改めて。

 ヴァイトを信用しようと思った。






■■■






 夜になった。馬を休ませる為に、今日はこの山中で野宿をする。


「街へ降りちゃ駄目なのか? 7人分の食糧なんて載せて来てねえんだぞ」


 ゲルドが言った。ここからすぐ近くに街があると。


「あたしも、お風呂とお洗濯したい」

「ユクちゃんは?」

「お腹空いたけど、わたしは自分で獲れるから」


 ここには7人。4種族が集まってる。それそれの生活様式、文化がある。因みに私は食事の心配は無くて、特に欲しいものも無い。


「……亜人が街へ降りるのは目立つ。特に翼人族は隠しきれねえ」

「亜人って言うな馬鹿」

「ぐっ……。い、異種族は目立つんだよ」


 ゲルドはヴァイトだけじゃなくて、メイヨちゃんにも頭が上がらないみたい。お尻に■■■、突っ込まれる危険性があるもんね。


「ねえヴァイトさん。さっき一角馬ユニコーン痕跡フンがあったよ。新しめ。わたし追えるけど、狩猟道具無いから。ヴァイトさん狩れる?」

「んお? 問題ねえよ。魔獣でも問題ねえからな。寧ろ魔獣出てくれ。味が恋しい」

「えぇ……。ミツキちゃんに聞いたけど、尾人族わたしたちの宗教でも魔獣は悪魔の遣いで、食べちゃ駄目だったよ」

「そうなのか。まあ良いや。狩るぞ。普通の動物追うのは苦手なんだよ。ずっと叫んで魔獣呼び寄せてたからな。案内してくれタキ。お前らはゲルド拘束しとけよ。俺が居ない時は一瞬たりとも油断するな。口車に乗せられて街へ降りるなよ」

「大丈夫。そこは私に任せて」

「おうミツキ。頼んだ」


 色んな種族が集まってるのは面白い。昼間のヴァイトの、そんな言葉を思い出す。

 旅は始まったばかり。

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