第11話 亜人という蔑称

「本当に大丈夫? 一度魔界に戻って補給した方が良いんじゃない?」

「いや、そんな時間はねえだろ。もう行くしかねえよ」


 ヴァイトの呪いは、今は治まってる。私が以前そうしたように、魔剣の一部を食べたからだ。

 けど、それは魔剣の力を減らすことにもなる。これ以上、魔獣の肉を補給できない人界で暮らすことは、ヴァイトの弱体化を意味する。

 魔剣を使う度に呪われて、その度に魔剣を食べる。すると次に使う時には、食べた分だけ魔獣の素材が減ってることになるから。『身体強化』という異能の力が、弱まっていく。


「で、お前が『仲介人』か」

「…………ふん」


 私達はその日に屋敷を出た。ヴァイトと私と、トミちゃん、メイヨちゃん、タキちゃん、ユクちゃんの6人で。

 結局、他に選択肢は無かった。この国に居る以上、公的には『脱走奴隷』である私達に安息の地は無い。一番安全なのが、ヴァイトの近くだから。

 執事の人に連絡を取らせて、街外れの小屋で待ち合わせをした。そこには髭を蓄えた中年男性が居て、ヴァイトがすぐに拘束した。


 小屋には、他に誰も居ない。私達だけ。ここへは普段誰も来ない。だからいつもここで取引をしていたんだ。

 姉さんが売られた時も。


「まさか、アルトン男爵が暗殺されてるとはな……。太客がひとり減っちまった」

「…………酷いと思わないの?」

「あん?」


 手を拘束されて、座らされている。なのに表情は抵抗の意志がある。人の命を軽く扱うような発言に、メイヨちゃんが突っ掛かった。


「あなたのやっていることは、大勢を悲しませることよ」

「はん」


 仲介人は鼻で笑った。


「そりゃ、お前らの立場からすりゃ可哀想で酷いことなんだろう。だがな」


 亜人。

 人間以外……つまり殺人族以外に対する人類種族への蔑称だ。ヒトモドキ、とも言われることがある。


「俺はメシ食うために仕事しなくちゃならねえ。んで、扱う商材は亜人。んだぞ。これは別に人身売買じゃねえ。心は痛まねえよ。生きるために好き勝手やってんだ。お前らもだろ?」

「…………!」

「『大勢』って……。国民は誰も悲しんでねえよ」


 人間。

 彼らは自分達をそう呼んでいる。『それ』が何なのか、私達にはよく分からない。


 牙人族も。

 尾人族も。

 翼人族も。


 ……『人』じゃんか。身体の作りが少し違うだけで、どうして不当な扱いを受けなくちゃいけないの。


「ん? こっちのふたりは殺人族だろ? お前の言う『亜人』じゃあねえぞ」


 ヴァイトが、首を捻った。この人は偏見や殺人族の文化が無い。単純な疑問だ。


「……奴隷の子だろ。なら人じゃねえよ。見てくれは可哀想かも知れねえが、恨むなら産んだ親だな。種族としては人間かもしれねえが、法的にはモノだ。亜人と同じく、ペットなんだよ」

「この野郎!」

「ぐっ」


 メイヨちゃんが激昂して、仲介人の頬を拳で殴った。


「痛えな何すんだクソガキ!」

「痛いだろ! あたし達も殴られたら痛いんだっ! 同じだろ! 馬鹿!」

「…………!」


 もう一度。殴る。仲介人の頬が赤くなる。メイヨちゃんの拳も、赤く。


「うっ!」

「メイヨっ!」


 トミちゃんが、メイヨちゃんを後ろから羽交い締めにして止めた。

 ふたりとも泣いている。


「殴られるだけでこれだぞ! 脱げ馬鹿! ケツに■■■突っ込んでやる! あたし達と同じ痛みを与えてやる!」

「もう良いよメイヨ! 話進まないからっ!」

「う……! うぅ……っ」


 どさりと。

 ふたりして、地面にへたり込んだ。抱き合って、泣いている。


「確かに話、進まねえ」

「ヴァイト」


 メイヨちゃん達を睨み付ける仲介人。その間にやってきて、腰を下ろしたヴァイト。

 仲介人の視線はヴァイトへ向いて、少し恐怖に染まる。


「男爵んトコから、ツキミって牙人族を仲介したろ。その買主の名前と居場所を教えろ」

「…………顧客の情報は渡せねえよ。信用に関わる。しかもこんな業界だからな。尚更だ」

「ならどうやってお前はここから、生きて帰るつもりなんだ?」

「………………ぐっ」


 その目。

 ヴァイトの橙の目は、真っ直ぐ物事を見る。余計な装飾や色眼鏡は無い。不要と判断したら迷わず殺す。即座に殺す。その緊張感は、確かにこの仲介人にも伝わっている。


「お前が信用を失うその顧客は、俺が殺す」

「……情報を渡しても俺を殺さない証明ができるのかよ」

「少なくとも、真偽を確かめるまでは殺さないよな。それと、俺は直接ツキミを売買した奴、直接殺した奴を殺すつもりだ。お前のが単なる仕事と言うなら、ムカつくがギリギリ殺さなくてもまあ、良いかもな」

「…………くっ」

「それとまあ……。ケツに■■■突っ込まれない内に喋った方が良いかもな。俺は止めねえぞ。別に」

「!」

「あのふたりは直接、男爵をナイフで裂き殺してる。立派な殺人族だな」


 冷たく話す。私と話す時とは全く違う声色だ。淡々と、命を脅す。


「お前が! どれだけ偉いんだ! たまたま、ってだけでっ!」

「メイヨっ!」


 メイヨちゃんが再度叫ぶ。トミちゃんとタキちゃんに押さえ付けられながら。


「…………ここから南西の、ゼイ伯爵領だ。亜人専門の奴隷市場に売った。後は知らねえよ。俺が知ってるのも、追えるのもそこまでだ」


 観念した仲介人が、ようやく口を割った。


「……あのカスの領地か」

「えっ。知ってるの? ヴァイト」


 それを聞いてヴァイトが、舌打ちをした。


「……まあな」

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