第10話 自分達のルール

 一夜明けた。


 私達は暖かいベッドで、ぐっすり眠った。疲れていたから。この屋敷に連れてこられてから、初めての安眠。子供5人で、並んで眠った。


「さて」


 朝から、男爵への訪問客や商人がやってくる。それは今の所、執事がうまく捌いている。まだ、男爵暗殺のことはどこにもバレていない。

 けど、時間の問題だ。私達は朝食を摂ったホールに集まった。


 屋敷の使用人が11人。スーツの執事が6人。私兵だけど男爵に恨みを持っていた人が16人。


 私達少数種族の奴隷5人と、ヴァイト。


「まず俺は、他にも子供が居たなんて知らなかったな。お前らどうすんだ?」


 子供。当たり前だけど、16の私でもヴァイトからしたら子供だ。彼はいくつなんだろう。

 私は姉さんの妹。ヴァイトからしたら、つがいの妹。庇護すべき子供。

 ちょっと悔しいこの気持はなんなんだろう。あれだ。

 姉さんはもう死んだのに、ヴァイトから妹扱いされるのは、違和感があるんだ。私はふたりが付き合っていた様子を見たことが無いし。


「お家に帰りたい」

「…………」


 ユクちゃんがぽつりと呟いた。そうだ。一番はそれ。皆、ここへ連れて来られる前の生活に戻りたい。

 私はもう、無理だけど。


「お前は飛べるだろ。飛んで行けないのか?」

「無理だ」

「ん」


 ヴァイトの質問には、スーツの人が答えた。


「この子……翼人族の故郷である北峰地方までにはいくつもの人間の国を経由する必要がある。……『空を飛んではいけない』という法律がある国が多い。すぐに捕まってしまう。地上から鉄砲で撃たれるんだ。避けられない」

「なんだそりゃ」

「というか……あなたは人間なのにそんなことも知らないのか。戦闘力はズバ抜けているのに」


 今度はスーツの人の質問。


「あー……。俺は人界の知識に疎いんだよ。基本的に魔界を旅してるからな」

「…………信じがたいが、その剣と実力。もしや本当に噂通りの、『魔人』なのか?」

「ああ。そうだな。そうか……。魔人で通じるのか。ならこの通り名も理に適ってんのか」


 大人達がざわついた。魔人のことは、結構皆知ってるみたいだ。赤い髪と魔剣というビジュアルまでは知れ渡ってないのかな。いや、あの人攫いは知っていた。

 この領地では噂話程度の認識だったのか。


「……人間、なんだよな」

「そうだぜ。種族は何かと言われりゃ、殺人族――アンタらの言うところの人間だ。魔人族なんて種族はねえからよ」


 この場には色んな立場と出自の人がいる。どこかの有名な絵画で、そんなのがあったな。色んな見た目の人達が、ひとつのテーブルに着いている宗教絵画。


「分かった。話を戻そう。人界にある国の9割が、人間……君達の言うところの殺人族の国だ。その内、7割以上が法律として『公共の場でのの禁止』を採用している。翼人族の『飛行』、角人族の『火吹き』、尾人族や多腕人族による『暴行』など。翼人族が飛んでいる所など見られたら、警告無しに銃で撃たれてもおかしくない」

「……へえ。なんだそりゃ。それぞれの種族の特性アイデンティティじゃねえか。殺人族の『戦争アイデンティティ』は禁止されてねえのにか」

「…………人間の国だから、人間に有利な法律なんだろう」


 それだけじゃない。私達『牙人族』は、牙を見せちゃいけない。意味不明な法律。

 牙は私達の象徴。ヴァイトの言う通りアイデンティティだ。それを禁じるなんて、あり得ない。


 一応、納得している私も居る。だってこの国は、殺人族の国だから。他種族を尊重する義務も責任も無いし、私達部外者がそれをさせる強制力も無い。嫌ならそんな異種族人の国に住まなければ良い。それなら自分達で自分達の国を建てて、そこに自分達のルールを作れば良い。


 けど。

 国が作れないほど、殺しまくって数を減らしたのは殺人族じゃんか。自分達の国とか言いながら、その土地は、誰かの集落だったじゃんか。


「ヴァイトお兄ちゃん、送ってよ」


 トミちゃんが言った。そうだ。私達からしたら、ヴァイトが護衛してくれるならどこへでも行ける。特に、トミちゃん達からしたらそう見える筈。


「俺はツキミを殺した奴を追ってる。悪いがこれ以上何をすることも無いぜ。あの執事野郎から、ツキミを連れてった人買いを突き止めて追うつもりだ」

「えっ。ツキミお姉ちゃん?」

「俺はツキミとつがいだった。殺した奴を許せねえのさ」

「つがい?」

「カップルってこと」

「あっ。そうなんだ」


 そう。私が皆の解放の為にヴァイトを連れてきたんじゃない。私は魔界で死ぬつもりだったから。

 ヴァイトの目的は、奴隷解放じゃない。皆を救うんじゃない。復讐だ。アルトン男爵を殺すこと。


 ヴァイトにとっては、今すぐに執事を問い詰めて発っても良いんだけど。私達の状況を見て、同情してここに留まってくれてるだけなんだ。


 そして、解放された子供達は、ひとりで故郷に帰れる力が無い。トミちゃんとメイヨちゃんは何とかなるかもしれないけど、タキちゃんと……特にユクちゃんは本当に困難だ。


「悪いが、俺達も力になれない。自分達のことで精一杯なんだ。この街をこれからどうするか、考えを纏めて、街の議会に掛け合って、国とも話し合わなければならない」

「…………そんな」


 そして大人達にも頼れない。


「……ここままだと、どうなるの?」

「中央の役人に見付かれば、保護されるだろう。……保護という名の、捕獲だ。それから恐らく、再度人買いの所へ流れる。君達の名前と情報は既に『奴隷』として国に登録されている。ここに留まって良いことは何も無い筈だ」

「……!」


 男爵の死亡がバレるまで数日。

 どうするか、決めなくちゃいけない。

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