第9話 信頼に足る何か
「殺さないでくれっ!」
開口一番。
入浴を終えた私達の前に、あの執事が立っていた。いや……土下座していた。手は後ろで拘束されたまま。
あの、無理矢理働かされていた人達がその手綱を持っていた。
「どういうこと?」
私がその人に訊ねる。
「……今、『この場』の権限は君達が握っている。あの大剣の青年が、門で構えていて、我々は逃げられない。いや、事が落ち着くまで逃げるつもりはないのだが……。この執事だけが、男爵側――『敵』という訳だ。四面楚歌。こいつは君達に命乞いをしたいのさ」
このスーツの男性。真面目で誠実そうに見える。殺人族だけど、理性的に見えた。話せば分かってくれそうな雰囲気がある。本当は、奥さんの無事を確認してすぐに街へ降りたいだろうに。
「『事が落ち着くまで』って?」
私の横からトミちゃんが訊ねた。
「男爵は死んだ。この街を含めたアルトン領の主が居なくなったんだ。まだ誰も知らないが、すぐに領内に知れ渡るだろう。首都から役人達も大勢来る筈だ。あんなクズだが、殺人は犯罪だからな。……それも含めて。俺達の身の振り方。君達の今後。この執事の処遇。……中央がこの事に気付く数日の内に、色々と決めておきたいんだ。隠蔽か、抵抗か、正直に報告するか……。とにかく、俺達がこれ以上、被害を受けないように」
極めて冷静で現実的な話だ。タキちゃんはちょっと理解が遅いようで、指をこめかみに当ててくるくるしているけれど。
私と、殺人族の子ふたりはこくりと頷いた。
「でも、ちょっと待って」
「ん?」
13歳のメイヨちゃんが、手を挙げて一歩前へ出た。
「あたし達はまだ、あなた方を信用できない。元は男爵の所で働いていたから。酷いことされるあたし達をずっと、見て見ぬ振りしてきたから」
「!」
毅然と。そう言った。
「大人達の力で、今あたし達を捕まえて。中央の役人に犯人だと突き出す。これがあなた達の考える最高の『落着』だと思う。それをしない確証を、言葉じゃなくて信じられる『何か』で貰えないと話は進められない」
流石だ。私じゃ思い付かない。ほいほいとこの人達を信じてしまう。……だから家族で捕まって奴隷にされたんだろうな。
殺人族の特徴として、『騙し』がある。人を、騙して利益を取る。そうやって、発展してきたんだから。
「……じゃあ、俺達も執事と同じように拘束して貰って構わない。その上で話し合って、君達がここを離れる時に解放して貰えれば」
「…………」
でも。
今回は、私とタキちゃんが『利く』。殺人族の人達が苦手なもの。私達少数種族の方が長けているもの。
「メイヨちゃん。この人は大丈夫だよ」
「えっ」
目を見れば分かる。その人が本当に信頼できるかどうか。
……多分。
「ね。タキちゃん」
「うん。全員はまだ分からないけど、この人は大丈夫」
「…………根拠は」
「無いよ。でも信じて」
「…………」
根拠。科学。殺人族が好きな言葉。
私達には、あまり関係ない言葉。
「分かった。大人の人じゃなくて、ミツキちゃんとタキちゃんを信じる」
「ありがとう」
「ああ。それで構わない」
頷いてくれた。私達の信頼は、『何か』足り得たらしい。
■■■
♪あごいうら、さえすとむ。
♪いみかねぜ、あけまけとむ。
♪いかじ、ならけむじは。
♪さいわん、あけまけとむ。
「――歌?」
「うん。この前教えてもらった。翼人族の歌。死んで、肉体から離れた魂が、迷うことなく最果ての地へ行けるように。旅立ちの歌」
ヴァイトが殺した19人。
トミちゃんとメイヨちゃんが殺したひとり。
20人の遺体が、組み木に囲まれて焼かれている。
時刻は夜。パチパチと炎が揺れる。その上空を、ユクちゃんが旋回しながら歌ってる。
「綺麗な声」
「だよね。あたしユクの歌、好き」
歌詞の意味とかは分からない。翼人族の言葉は教わってこなかった。私達がこの屋敷で強制的に教育されたのは、殺人族の文化や生活だから。奴隷にされる前の生活で、家族から得た知識しか、自分達のことを知らない。私だって、本当の故郷が何処かすら分からない。牙人族は翼人族に次いで絶滅が危惧されているってことしか。
他に家族や親戚は居るのかとか。別の牙人族の集落とか。全然知らない。
宗教もだ。断片的にしか教わってない。魔獣の呪いとか。牙人族が信じる神様の名前も知らない。食事の作法も。言葉も。幼い頃の、微かな記憶しかない。『感謝する者』ということくらいしか。
ユクちゃんは偉い。しっかり、『翼人族』してる。
「……化けて出てこられても困るから、あたし達も祈ろう?」
「うん」
私は、手を合わせて。タキちゃんは、尻尾を胸の前まで持ってきて、両手で包むようにして。トミちゃんとメイヨちゃんは、両手を合わせて、指を交互に噛み合わせて組んで。
それぞれの種族の祈りのポーズ。きっと私だけ、適当。
■■■
「ヴァイト?」
「……おう」
正門に、ヴァイトは座っていた。誰も逃さないように。誰も入れないように。こういう機転は、獣の感覚だったりするんだろうか。
「お腹減ってるでしょ。食事の用意があるよ」
「…………ああ。すまんが持ってきてくれねえか」
「えっ」
座り込んだまま。
なんだか元気が無さそう。まさか。
「……『呪い』?」
「……ああ。多分な。今メシ食って腹は膨れても、多分無駄だ。魔獣の肉を食わないといけねえ」
「そんな……。1日、もたないなんて」
「俺もビックリだ。そういや1食はあっても、2食抜いたことは無かったな。用事があって人界へ入っても、すぐに魔界に戻ってたから」
「…………そんな」
魔獣の呪い。いや、魔剣の呪い。私の時より酷くなさそうなのは、ヴァイトが慣れているからか、我慢しているのか。何にせよ、緊急だ。あれは本当に苦しい。どうにかしてあげないと。
「何とかして今から魔獣を――」
「無理だな。まあ待て。俺に考えがある」
「えっ」
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