第8話 殺人族の本性
「キャアアアアッ!」
「ぎゃああああっ!」
女の子達の悲鳴と、男爵の絶叫。血が噴き出す。けれど人は、腹を刺されたくらいじゃ中々死なない。男爵は脂肪もある。
「きっ! 貴様ぁ……っ! ぐぅっ!」
「…………死ね」
男爵を刺した殺人族の子は、もう一度ナイフを振り上げて。
小さく『死ね』と呟いて、振り下ろした。
「うがぁっ!」
「死ね」
「やめっ」
「死ね。死ね。死ね」
何度も何度も。男爵は激しく抵抗する。けれど段々、弱っていく。
「…………ぐ……ぅぅ」
最後に、もうひとりの殺人族の子が。
「さっさと死ね!」
「!」
首に突き刺した。男爵はビクンと一度大きく身体を跳ねさせて。
それきり動かなくなった。
「……はぁっ。はぁっ。…………ぅう」
それから、血に塗れたまま、泣きながらふたりで抱き合った。
その間、
何も動けなかった。
■■■
「アルトン男爵っ!?」
「!」
血の臭いが充満した部屋に、スーツの男性がふたり現れた。多分、ここで働いている人だ。
未だ、起こった出来事がショック過ぎて動けない私達。
「まだ居たか」
ヴァイトを除いて。
魔剣を向けられた男性達は、ぎょっとして両手を挙げた。
「!? まっ! 待ってくれ! 争う気は無い! 男爵は、死んだのか!?」
「あん? 確認してみろよ。あの分厚い肉だ。まだ息あるかもな」
「…………!」
敵意が無いと分かったヴァイトは、魔剣を肩に乗せた。それから男爵の方を見る。傍らにはまだ、殺人族の女の子ふたりが座り込んでいるけれど。
「…………これは、助からないな……」
首にナイフが刺さって、お腹がズルズルの肉塊。もうぴくりとも動かない死体。
男性は、ふう、と大きく息を吐いて、壁を背にして座り込んだ。冷や汗をかきながら、引き攣った笑いを浮かべる。
「なんだお前ら、男爵の部下じゃねえのか」
「いや……。まあ立場的にはそうだったんだが。俺は妻を、隣のこいつは姉を人質に取られて、無理矢理働かされていた。この街……男爵領にそういう奴は多い。だから……少しほっとしただけさ」
「……なるほどな。ミツキと一緒か」
「……幼い頃から男爵に教育されて育ったような、忠誠を誓ってる奴らはあんたが殺した。後はもう、そういう奴らだけさ。……執事を除いてな」
「ふむ」
終わった。
私もその場に、へたり込んでしまった。
■■■
屋敷内、大浴場。
「きゃー」
「あははっ」
殺人族の女の子ふたり……名前は、トミちゃんと、メイヨちゃん。元気にはしゃぎながら、血を洗い流している。ふたりとも、黒髪で、白い肌。確か11歳と、13歳。
「…………」
「大丈夫?」
「!」
足だけお湯に付けて、ぼうっとしていた私に話しかけて来た子。尾人族の、タキちゃん。15歳。
「うん。大丈夫。タキちゃんこそ」
「わたしは……少し、スカッとしてる。あの地獄が永遠に続くと思っていたから」
私は、今のこの感情を整理しないといけないと思った。人の死は、ヴァイトの戦闘で見てる。なのに、さっきの男爵にショックを受けた。
幼い女の子が殺したから?
ほんの少しだけでも、男爵に恩があったから?
……違う。
あのブタ野郎を擁護することなんてひとつも無い。トミちゃんとメイヨちゃんは今は、希望に満ちた表情で目をキラキラさせている。これで良かったんだ。
そう。あいつはブタで、クズで、最低の男。正義はこちらにある。だから、何でも許される。殺したって。
「……ユクちゃんは?」
ふと。
翼人族の子……ユクちゃんが見当たらないことに気付く。褐色肌から、綺麗な白い羽根を持つ金髪の子。あの子腕が翼だから、私達が介助しないと日常生活に支障があるのに。
「大人の人と一緒に、死体を集めてる。……放っておこうって言ったんだけど、『絶対やらなきゃ』って……」
「……翼人族の、宗教かな」
「そうなの? あーそう言えば、そんなこと習ったかも」
ユクちゃんは最年少10歳だ。けどしっかりしてる。確か翼人族は、死者を厚く弔う種族だ。戦争で、敵国兵もきちんと葬ったって歴史を習った。
「でもちょっと、怖かったな。あれが、『
「……!」
タキちゃんと並んで座って、殺人族ふたりを見る。
元気で明るい子供そのもので、無邪気に遊んでいる。普段、こんな風に浴場を使えなかったからかな。
「……私は、ナイフを取ったのに動けなかった」
「そりゃそうだよ。いくら憎くても、人を殺すなんてこと。簡単にできない。……殺人族じゃないから」
人を殺すことは、悪いことだと教わる。殺人族が、自分の子供達や他種族にそう教えているんだ。なのに、殺人族が一番人を殺している。
「どうしたの?」
「!」
目の前に。トミちゃんが居た。もうすっかり血は洗い流されていて。綺麗なたまご肌。二次性徴真っ只中の身体。
真っ黒い瞳が、私達を覗いている。
「……トミちゃんは、大丈夫? 気分悪かったりしない?」
タキちゃんが恐る恐る訊ねた。この子は私達の敵を殺した。その殺意は、私達へは向かない筈。
……筈。
「うーん。まあキモかったよね。妙に温かくて、あと臭くて。でもほら、もう綺麗にしたよ。あたしもメイヨも。それより一緒に浸かろうよ。もう誰も怒らない。叩かれない。犯されないんだよっ?」
ほら、と。私達の手を優しく引いて。
私達も大きな浴槽に浸かった。
「ありがとう」
「ん」
小さな手。
この手に、刃が握られて。
大きな男の人の命を奪った。
私達の為に。
「私、動けなかった。年長なのに」
私は今年で16歳。タキちゃんと同じ、奴隷の最年長。
こんな小さな子に、復讐をさせてしまった。
「大丈夫。皆同じ気持ちだって。ミツキちゃん。あの強い人を連れてきてくれて。また、ここに戻ってきてくれて。あたし達こそ、ありがとうだよ」
「…………うん」
抱き合った。暖かい。生きていると実感した。
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