第7話 最初の復讐

「キャアアアアアアアっ!!」


 つんざく悲鳴が響く。使用人……メイド達だ。男爵の趣味で、若いむすめばかり雇っているから。


「殺すのは敵意を向けてきた奴だけだよ。中には無理矢理連れてきて働かせられてる人も居る」

「ああ。鎧着て武器持ってる奴は殺すぞ。その時点で男爵に『加担』『肯定』してるってことだろ」

「うん。そいつらは遠慮要らない。やっちゃって」


 屋敷内を駆け巡る。きっと奥の寝室に、アルトン男爵が居る。今日は休日。予定は無かった筈。とすると奴隷の少女を代るがわる1日中強姦しているのがあの男のルーティンだ。今までは、『勉強してる』と教わってきた。違う。絶対に。


「!」


 ふと。

 ぞわりと冷たい感覚が背中に走った。


「…………」

「どうした?」

「いや……」


 私は、気を付けないといけない。漠然とそう思った。

 この、出来事を。システムを。

 ヴァイトという、『最強』が。私を『守ってくれて』いて、『復讐を手伝って』いること。

 これを、私の力だと思ってはいけない。傲ってはいけない。そんな強迫観念が、湧いてきた。


 ヴァイトは姉さんの男だ。私が復讐の為に、好きに使って良い人じゃない。この復讐ができたのは、ヴァイトのお陰だ。私は何もしていない。


 他人の力で目的を達成しても、心は晴れない。元凶である男爵に近付くにつれて、不安が大きくなっていく。


「あの部屋か?」

「…………」

「おいミツキ」


 男爵は。

 ヴァイトにとっても復讐の相手だ。私とヴァイトの目的と感情は一致してる。けど。

 それで良いのだろうか。


「ミツキ!」

「……! う、うん。あそこ。寝室だよ。男爵と、私と同じ境遇の奴隷の子達が居る筈」

「よし」


 勢いのまま。ヴァイトが扉を蹴破る。


「誰だっ!?」


 ブタ野郎の声がした。






■■■






 キングサイズベッドに、裸の女の子が数人。泣いてる。……中心に、よく肥えた中年男性がひとり。

 そして異臭。


「てめえが男爵か。確かにブタだな」

「ななっ! なんだ貴様! 侵入! 警備兵はどうした! 早く捕まえろ! 縛り上げろ!」

「居ねえよもう」


 ヴァイトは真っ直ぐ歩いていって、男爵の顔面を殴り付けた。


「ぷぁっ!」


 変な声を出した男爵はそのままベッドを転がって、壁に激突してズリ落ちた。


「…………」


 私達の他にも奴隷は居た。けれど、こんなことされてるなんて私は知らなかった。知らされてなかった。

 私は奴隷じゃなくて、養子みたいなものだと、思ってた。


「ミ! ……ミツキ!? お前、戻ってきたのか! ゲホッ! 何してる! その男を殺せ! 何のために今まで育ててやったと思ってる!」

「……は?」


 噴き出す鼻血を押さえながら、私に向かって臭い口を開く。


「お前達の種族は! 『油断させた男を噛み千切る』為に居るんだ! だから言うことを聞かせるために甘やかしたんだぞ! メシを与えて、服を与えて、教育を与えて……! そうすれば中央の奴らを少しずつ噛み殺し、ゆくゆくはワシが中央へ……!」


 何を言っているのか。このブタは。

 こいつの政敵を私の色仕掛けで噛み殺して上に行くつもりだったって?

 アホか。


「なんだその目は! 親に向かって……! はやく殺せ! どれだけお前達に投資してやったと思ってるんだ! 稀少な『牙人族』を集めるのにどれだけ……!」

「…………」


 周りの女の子達を見る。怯えて動けないようだ。

 『翼人族』。腕が翼になっている種族。殺人族の国での生活は少し不便だけど、空を飛べる利点は多い。攻撃や輸送など、戦いにも使える。

 『尾人族』。長くしなやかな尻尾のある種族。第3の手足として器用に使う。

 そして殺人族の子がふたり。特徴はなんといっても脳。勉強させればさせるだけ知識を蓄える。人界の中心部は科学が発展しすぎて別世界になっているらしい。


 ……全部、この男爵の野心の為に集められたって訳か。私を含めて。

 で、ついでに女児にして、性の捌け口にしていたと。母さんと姉さんが居たから、小さかった私はまだ免除されていた、と。


「……気持ち悪い」


 それ以外の感想が思い付かなかった。


「そら」

「!」


 ガララン、と。何か床にバラ撒いた音。

 見ると、ナイフが5本くらいあった。ヴァイトが持ってきたんだ。殺した警備兵からくすねてきて。


「どうする? お前らも恨み、あるだろ」

「……!」

「ひっ!」


 ひとつを、拾った。男爵は瞬きひとつせず私に釘付けになった。


「…………お父さんを殺した」

「ひっ」

「お母さんをレイプして殺した」

「ぐっ!」


 ゆらり、歩みを進める。この男さえ居なければ。私達は今も、故郷で平和に暮らしていた筈だ。


「姉さんをっ!!」

「や、やめてくれ! ミツキ! 誤解だ! ワシは、お前達の村が滅ぼされる前に救ってやったんだぞ!?」

「は?」


 往生際が悪い。何を言い出すかと思えば。


「15年前! あの時、隣国は少数種族に対する排斥政策を取っていた! 遅かれ早かれ、お前達の村は滅んでいたんだ! 教えたろ! その隣国の政権が交替したのはそれから5年後だと!」

「…………っ」


 ブタ野郎。

 私に、教育を与えた。この子達と同じように。殺人族の世界の歴史と文化と。

 私は、私達家族はこの野郎のお陰で生き長らえたと?


「ハァッ! ハァッ!」

「!? 待っ」


 私の足が止まった。

 瞬間を狙って。


「ああああああっ!」


 殺人族の子のひとりがナイフを拾い、叫びながら男爵を刺した。

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