人界―シーハ国

アルトン男爵領

第6話 魔界の倫理

 今は、男爵の命令で私の捜索隊が組織されている。あの人攫いはそう言っていた。

 つまりヴァイトが、私を捕まえてきたことにする。

 一度、私が人攫いに襲われた草原まで戻った。時間が掛かったけど、仕方無い。ロープで私の手を拘束して、フードでヴァイトの赤髪を隠して。大剣は余った布を繋ぎ合わせて包む。


「擬態か。考えたこと無かったな。弱い生き物のやることだ」

「はいはいおバカ。強い弱いじゃなくて、円滑に物事を進めるため」

「エンカツニモノゴト」


 ただでさえ目立つ。その上お尋ね者。男爵が会ってくれるかは分からない。






■■■






 アルトン男爵領――東端の街。


「捕まえてきたぜ」

「むっ。……まじか」

「あん?」


 魔界は魔獣の世界。出たら命の保障は無い。指名手配犯であろうヴァイトへも、追手は掛からない。そんな所へ、私を連れ戻す為に人を雇った男爵。あの男の、『異種族性愛』は異常だ。

 恐らくは、誰も成功しない、ともすれば誰も戻ってこないと半ば諦めていた筈。だから今、この門兵はヴァイトに対して驚いている。


「口を開けろ」

「…………」


 それから、私の確認。牙人族はこの街に私しか居ない。背格好は男爵から聞いて知ってるだろうし。牙を見ればすぐに私だと分かる筈。

 言われるまま口を開ける。何か入れてきたら噛み千切ってやる。


「……確認した。そのまま連れてこい。男爵の屋敷で執事に引き渡し、その場で報酬を払うことになっている」

「おう」


 やっぱり、直接男爵とは会えない。でも、屋敷までは行ける。そこまでの警備は掻い潜れる。


「それと……。お前だけか? 他の者は」

「あー……。知らねえよ」

「そうか」


 まさか殺したとは言えない。私への追手はあの人攫いグループだけじゃないと思うけど、それも見なかった。多分、魔獣に食われたんだろう。


「……まあ、見付かってしまったものは仕方無い。付いて来い!」


 門兵に、憐れみの視線を掛けられた。そう。『普通』の人は、可哀想だと思ってくれる。

 種族差別してくるようなおかしいのは、上流階級と最底辺に多い。






■■■






「ふむ。確かにミツキである。傷は?」

「ねえよ。無傷だ」


 アルトン男爵の屋敷は、街の北西にある。街から離れているから、ここで何かあっても警察や軍は気付かない。男爵の私兵の数は知ってる。

 高台になっていて、外界からは離れた上で何かあればすぐに街の外へ避難が出来る位置だ。私はここで育った。家族全員で捕まったのは、私が生まれてすぐだったから。


「では満額で引き渡しを。報酬は掲示板に書いた通り、300万ナッツである」

「……カネか」


 執事の男が私のロープを持って、アタッシュケースをヴァイトに手渡した。

 300万ナッツ。高額だ。確かに命を懸けて外界へ私を探す者が大勢いても不思議じゃない額。男爵はそれだけ、私に執着しているということ。

 キモい。


「ここからどうする?」

「は?」


 ヴァイトが訊ねる。執事の男は自分に質問されたと思って訊き返す。

 その橙色の視線は私に向いている。


「うん。もうやろう。この男からは姉さんを売った娼館を追えるから、こいつ以外なら殺して大丈夫」

「分かった。一旦こいつを拘束するぞ」

「は?」


 ヴァイトがフードを取る。魔獣の剣を抜く。

 この場には私とヴァイトと、執事の男と、男爵の私兵が4人。


「貴様……! 何をしているのか分かっているか。アルトン男爵への無礼か! なんだその剣は!」


 執事の男が私の腕を引きながら下がる。鉄の鎧と槍で武装した私兵がヴァイトを取り囲む。


「剣の名前か。考えたことなかったな。……魔獣の剣なら、魔剣か? それ、俺が魔人って自称してるみたいでヤだな」

「掛かれ! 殺してしまえっ!」


 4人の私兵が一斉にヴァイトへ襲い掛かる。


「おし。やるか。復讐だ。――よくも『俺のつがいを娼館に売りやがった』な。クソ野郎どもが」

「!」


 それまで爽やかだったヴァイトの表情は、一瞬で『復讐者』のそれになった。


「オラァ!!」


 竜巻。

 ゴウ、と空気が渦を巻いて、私の耳を叩いていく。凶暴な旋風に巻き込まれた私兵は、鉄の鎧も何も関係なく、ひしゃげていく。

 まるで猛獣が獲物を食い千切るように。ひと太刀振るうごとに、彼らの四肢がもげていく。


「な……っ!」


 執事の男は、驚愕して声も出せないみたい。気持ちは分かる。あれの初見は本当に意味不明だ。人の範疇を越えた戦闘。思考が止まるほどの衝撃。

 魔獣の持つ不条理を、人界に持ってきたのだから。

 持ち込んだのは、私。






■■■






「こんなもんか。『男爵の私兵』。こりゃ魔界じゃ生きていけねえな」

「ヴァイトだって、魔剣が無いとその強さじゃないじゃん」

「そりゃそうだ。じゃ俺も魔界駄目だな」

「…………バーカ」


 ものの1、2分で、決着した。執事は私のことなんて頭から吹き飛んで、ロープを簡単に手放して腰を抜かしていた。4人の私兵を殺し終わったヴァイトが私の拘束を解いてくれる。


「俺、カネの使い方ってよく分かってねえんだよ。教えてくれよ。ミツキ」

「侵入と殺人に加えて強盗じゃん」


 この男と一緒に行動して。私の中の犯罪意識は変化していたと思う。


「良いんじゃねえか? 法とか罪とかってのも、誰かが勝手に決めたモンだ。俺は『強い』。従わなくても捕まらねえし殺されねえ。つがいの妹は家族だ。復讐遂げるまで、俺が守ってやるよ。ミツキ」

「……まあ、悪人は殺して良いとは思うよ。その悪人から奪うのも良い、のかな」

「おう。俺だって何も悪いことしてねえ奴を殺したりはしねえぞ? 俺の中にも『俺王国』の法律があるってだけだ。お前との約束もそのひとつ。それは破らねえ」

「…………」


 魔獣の呪いに充てられて、魔界の倫理に頭を侵される。

 今はそれが、心地よく感じた。

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