第4話 旅の始まり

 焚き火が、パチパチと音を立てる。


「ツキミは、自分の容姿を自分で貶してた。自分は母親に似ずに不美人だから、頑張ったけど売られたってな」

「売られた……」

「多分お前の居た屋敷から、娼館に。んで、娼館から、志願兵に。……俺とはその戦場で出会った。俺は人から依頼されてたまたま志願兵やってた。ここから南西の方の人界の国でな」


 姉さんはある時期から、屋敷から居なくなった。そしてしばらくして、死んだと聞かされた。

 だから私は逃げたんだ。どうでもよくなって。家族が全員、死んだから。


「じゃあ戦場で殺されたんだ」

「そうなる」

「誰が」

「分からねえ。分かってんのは、殺人族にんげんだってことだけだ。正規兵じゃねえから国からも追えねえ」

「……どうして正規兵じゃないって分かるの」

「俺らと同じ志願兵だったからだよ」

「……え、ちょっと待って。敵兵じゃないの?」

「ああ。ツキミを殺したのは自軍の奴だ」

「!」


 意味が分からない。やっぱり殺人族はおかしい。

 仲間を殺すなんて。


「背中から剣で刺された。俺が気付いた時には遅かった。駆け付けたが……アンタの居所と牙を俺に託して息を引き取った。だから俺は今ここに居る訳だ」

「…………許さない」


 怒りが湧いてくる。沸き上がる。

 大好きな姉さんを。


「じゃあ、俺と来るか。ミツキ」

「行く。私もやる。噛み殺してやる……!」


 この人が信頼できるかは一旦置いておいて。

 私は死ぬ前に、復讐を決意した。






■■■






 旅。したことは無い。草原を越えると、荒野だった。ゴツゴツとした岩場と乾燥した地面。枯れた木々、風で舞い上がる砂煙。


 全部オヤツだ。


「ずりぃな。『何でも食べる』種族」

「姉さんから聞いてなかったの?」

「ああ。普通の、殺人族にんげん用のメシを食ってたぜ」

「まあ、隠すと思うよ。気味悪がられて面倒だったりするし」


 ヴァイトが羨ましそうに私を見る。そして何を思ったか、石をひとつ拾って眺め始めた。


「……美味いのか? ただの石だぞ」

「そうそう。『何でも食べる』だけじゃなくて、『美味しくいただける』のも特徴。けど他種族の人にオススメはしないよ。絶対にお腹壊すから。酷いと病気に――」

「ひと口、いって見るか」

「あっ」


 石を、口に入れた。


「ゲェーッ! ぺっ! ぺっ! くっそ! まじぃっ! てか硬ぇっ!」


 瞬間吐き出した。


「あはは。バーカ」

「くっそ……! 決めた。いつか絶対食ってやる。何年掛かろうが絶対だ」

「あっそ。ヴァイトってバカなの?」

「よく言われる」

「バーカ」


 姉さんの復讐を果たす。

 けどこの、ヴァイトにも興味がある。姉さんの夫? 恋人? つがいって、人には使わない表現だけど。

 自分のことを人間と呼ばなくて、殺人族を自覚しているのも変。あと戦闘力。あの大剣。……魔人という通り名。魔獣を平気で食べること。

 不思議なことが沢山ある。


「お前は飢えねえだろうが、俺は飢える。ここらでメシにさせてくれ」

「良いよ。ヴァイトが守ってくれなきゃ私死ぬもん」

「よく分かってんな……。よしじゃあ吠えるぞ」

「へ……?」


 ヴァイトが大剣を地面に突き刺して、思い切り息を吸った。


「うおおおおおぁあああああああっ!!」

「!」


 うるさい。

 人とは思えないほどの声量が、爆発した。






■■■






「あー。美味え。やっぱ肉だな。力も付くし。最高だ」


 声で魔獣を呼び寄せて、全て返り討ちにする。それから魔獣の肉を焼いて食べる。それが、ヴァイトの食事。

 意味不明。

 道中も特に警戒もしないから割と魔獣と遭遇して、その度に殺しまくってる。本当、なんなんだろう。この人。体力も無尽蔵なのかな。


「ねえ、なんでそんなに強いの? あり得ないって。普通、魔獣なんて軍隊と最新兵器を投入しても1匹に勝てるかどうかなのに」


 紫の血が滴る緑色の肉をむしゃぶりつくヴァイトに訊いてみた。


「んぁ……。ごくん。俺は魔界で生まれてな。ある時期までこっちで過ごしてた。育ての親に拾われてからは人界の田舎で育ったが……こっちで培った『生き方』は結構役立ってんだ。これもそのひとつ」

「剣」

「ああ」


 ヴァイトが常に握っている、巨大な剣。剣というには獰猛すぎる見た目だ。爪や革、牙が無造作に繋がれている。多分、魔獣の物。その素材をぐちゃぐちゃに繋ぎ合わせて作られた獣の剣。ひと振りでバラバラになりそうなのに、問題なく魔獣を引き裂いている。


「魔獣にも色々種類があってな。中には不思議な力が備わってる物もある。この剣の素材になった奴は、中型犬くらいのデカさで巨大魔獣を力で捻じ伏せてたそうだ。……原理は知らねえが、こいつを握ると俺は通常の何倍もの力を出せるようになる。パワーもスピードもな」

「……何それ。そんな訳」


 剣を持つだけで強くなる? あり得ない。信じられない。科学的じゃない。


「じゃ、持ってみるか? ほれ」

「…………」


 差し出された。禍々しい見た目。あとちょっと臭い。獣の生臭さと、多分ヴァイトの手汗。『男!』って感じ。

 ものは試し。受け取ってみた。


「わ」


 すぐに分かった。こんな大きな剣、私の体格で持てる筈が無い。なのに、片手で軽々と持ち上げることができた。


「身体が軽い……」

「な?」

「凄い!」


 飛び跳ねた。数メートル。剣を振ってみた。家ほどの大きさの岩がチーズみたいにスライスされた。


「こんなことがあるなんて……!」

「だから言ったろ」


 私の気分は高揚した。

 その瞬間。


「ゲホッ!」

「あ? どうしたミツキ。おいっ?」


 急に私は意識を失って、手から離れた大剣の下敷きになった。

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