第2話 魔人
「は……!?」
私も。何が起きたかすぐには分からなかった。私を拘束している、この人攫いも。
彼以外の仲間達が、玩具の人形みたいにバラバラになったから。
「っ!」
暴風。耐えきれず、しゃがみ込んでしまった。痛い。砂や小石が巻き上がる。
「ひっ……! なんだお前ぇっ!?」
もう仲間は居ない。たったひとり残った人攫い。彼は私の拘束どころじゃなくなって、後退りながら叫ぶ。
「逃さねえよ。生かして後で復讐に来られても困る。ここでお前らは全員殺すぜ」
「…………あっ」
男の人。赤い髪は、そう、血を被ったみたいだった。濡れて艷やかな光沢をギラつかせて。
蛇のように人攫いを睨む。そこで、人攫いは何かに気付いたように、男の人を指差した。
「血の赤髪! 魔獣の大剣……! 嘘だろ、何でこんな所に……!」
何かに気付いた人攫いは、一層震えて恐怖の表情に染まる。
その間も、極太の大剣が構えられる。
「魔人……!」
「はっ」
彼を表す言葉? 魔人。それを聞いた彼はつまらなさそうに鼻で笑って。
「!」
一閃。人攫いの上半身が弾けるように失くなった。
■■■
「……『魔人』?」
「おう。いつからか、人からそう呼ばれることが多くなったな」
人の死体が4つ――いや、いくつものパーツかバラバラに散らばっている。血の臭いが漂う草原。辺りは静かになった。雨は、上がっていた。
「そんな種族、聞いたことない」
「そりゃそうだろ。種族じゃねえ。通り名って奴だ。酷ぇ話だよな。『魔人』って。悪者の名前じゃねえか」
改めてよく見る。血に濡れたような赤い髪。筋肉質な身体。特徴はそれ以外に特に無い。服装は一般的な旅装。革のブーツ。爪も尻尾も、牙も無い。
「……悪者じゃん。人を殺した。助けてくれて感謝してるけど、殺人は犯罪」
「はっ!」
だけど。
笑った。この表情。獣みたいな、吊り上がった口角と、迫力。威圧感。
ちょっと怖い。敵意とかは、私に向かってないのは分かるけど。助けてくれた、けど。
「何を言ってんだアンタ。俺は『殺人族』だぜ? 気に食わねえ奴を殺すのは俺らの
「むっ」
人間が。
自分から自分のことを、『殺人族』と呼ぶなんて。それは、『人間以外』から呼ばれる蔑称なのに。
この人は、
「……そう言えば、あなた何かさっき言い掛けてたけど」
「アンタ、名前は?」
「は?」
「名前だよ。俺はアンタの不屈の精神っつうか。心意気を気に入ったんだよ。だから助けたんだ」
「……ミツキ」
腰の抜けたままの私に、手を差し伸べてきた。
返り血の着いた右手を。
「そうか。ミツキ。ファミリーネームは?」
「……知らない。親も姉も教えてくれなかった。ただのミツキ」
「そうか。丸腰で魔界に出て、行くアテはあるのか? さっきみてえに襲われてすぐ死んじまうぞ」
「……うるさい。余計なお世話」
「俺はヴァイト。俺もただのヴァイトだ。魔界を旅してる。行くトコねえなら一緒に来るか?」
「………………」
助けて貰った。その恩はある。今見ると、表情は柔らかく、好青年っぽくなっていた。戦闘時にはあんなに豹変するんだ。
手を取って、立ち上がる。固くて大きい手。背も高い。私より頭ひとつ以上。
血が私の手にも付く。
「……それ」
「あ?」
その時、目に映った。彼……ヴァイトの首から掛けられているネックレス。
……人の牙がひとつ。
「姉さんの牙だ! なんであんたが持ってんの!」
手を振り払った。最大級の警戒。胸の前で、拳を握る。
「……分かるのか」
「当たり前だろ! 姉さんは……! 姉さんは死んだ! まさかあんたが……!?」
姉さんの死は、私達を飼っていた男爵から聞かされた。遺体は確認してない。けれど、牙を見せられた。だから、信じた。
その片割れが。ここにある。ヴァイトの首に。
大きさ。角度。色。私が見間違うことは無い。私達の種族は、指紋みたいにひとりひとり牙の形が違う。
さっきみたいに。あの大剣で。姉さんを殺したとしたら。
「…………」
「答えろ!」
強気に吠える。殺されるかもしれないけど、私にはもう生きる理由も特に無い。最後にこの怒りを、喉から出し切りたい。
「姉さんは私を……! ずっとずっと守ってくれてたんだ! あの男爵から私を守るために、ずっと傷付いて……! 私にはもう、家族は居なくなった! お父さんは殺された! お母さんは凌辱された! 姉さんは……! お前達『殺人族』に! 殺されたんだ!!」
雨が上がって。
日が暮れる所だった。虹が出てて。
穏やかな風と。
「……姉さんを殺したのなら、あんたを許さない。絶対に…………」
その風に乗って。
姉さんの牙が投げられた。
「……えっ」
慌ててキャッチする。触って確かめる。ああ本物だ。姉さんの牙……。
「実は俺もな。お前の『姉さん』を殺した奴を追おうと思ってんだ」
「えっ」
見る。
真っ直ぐな瞳。夕日が反射して濃くなった橙色の瞳。
不覚にも、心臓が跳ねた。
「俺はツキミの最期の頼みで、アンタを助けに来た。……街に入る前にアンタが居てビックリしたけどな」
ツキミ……。姉さんの名前だ。
「……話は後だな。さっきのアンタの叫びで、魔獣が寄ってきてる。そろそろ夜だ。俺から離れるなよ」
「!」
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