復讐の魔人

弓チョコ

魔界

第1話 牙のある娘

 口を大きく開ける。雨粒が、入ってくる。

 街から逃げてきた。ここでなら、いくらでも口を開けられる。呪われていると言われた口を。

 4本の牙を。

 私は自由になった。姉さんが死んだと聞いてから、私の生活は、価値観は変わった。両親が居た頃は、先日までは。大きな屋敷に住んでいたのに。

 いや、あんな屋敷に、これ以上1秒だって居たくない。

 着の身着のまま、ひとり草原に立っている。


「…………?」


 自由というのがどういうものか、私は分かっていなかった。

 常に、危険と隣り合わせ。

 黒い、大きな影。そこから覗くふたつの目に、見詰められていた。


「えっ――」


 影は4つあった。ひとつが私の背後から、私を羽交い締めにした。


「!?」


 ここは街の外。人々が決めたルールは存在しない。自然の摂理と秩序のみ。


「こんなところで立っていたら風邪引くぞ? お嬢ちゃん」


 もうひとりの影――男が、私の着ていた襤褸ぼろを引き裂いた。

 男に力で敵う訳が無い。それはずっと前から知っている。


「ふむ。肌は薄い黄色。背の丈は160程度。髪と瞳がブラウン。そして極め付けに――」


 男は私の身体を隅々まで調べていく。最後に、私の口を無理矢理開かせた。


「――発達した犬歯。いや……牙だな。聞いた通り。『牙人族』の女だ」


 その指を噛み砕こうと咬合した。けれど男は即座に指を引き抜き私の攻撃は失敗に終わった。


 ガチンと、歯を勢いよく合わせた音が鳴る。


「おお、危ない。……この状況で抗える野蛮さが、お前達の種族が絶滅寸前まで狩られた理由だ。離すなよ。こいつら『牙人族』の顎の力……噛む力は我々の10倍以上と言われている」


 何が、『我々人間』だ。私は人間が嫌いだ。その名前が。名付け方が。

 特徴は無くて、力も強くなくて。なのに最も繁栄して、数が多くて、文明が進んでる。頭が良いからだ。だからって、『人の間に立って世界に平和をもたらす種族』と名乗るだなんて。傲慢過ぎる。

 それどころか、今みたいに。自分達の利益の為に他者の命と身体を強引に捕まえて売り買いするんだ。しまいには、気に入らない者を簡単に殺す。どこが平和だ。

 お前達はお前達以外の種族から、こう言われているんだ。


 『殺人族』。


「うん。そんなに睨むな。お前だろう。男爵の屋敷でやらかして逃走したという娘は。折角お前を養ってくれていた父とも言える男爵に歯向かうとは。いくら綺麗な肌をしていても野蛮人だな。その牙も野蛮だ。男爵は悲しんでいたぞ。我が子のように育ててきたのに、裏切られた気分だと」


 逆だ。

 良い人だと、思っていたんだ。違った。生活を支援することと、私に手を出さないことを条件に。お父さんを殺して、お母さんをずっと性奴隷にしてた。私はそれを知らなかった。姉さんは……多分知ってた。だから私を守るために――


「兎に角。の男爵はお前を諦めていない。だから、こうして捜索隊が組織された訳だな。俺たちみたいな人攫いまで使って。……回収完了だ」


 私は物じゃない。力で勝てない? 知るか。

 最大限暴れて抵抗して、口に入ったモノ全て噛み千切ってやる。


「いいか。声を出すなよ。この時間は魔獣が出る。お前も死ぬぞ」


 知るか。叫べ。私がもう助からないのなら。

 お前達も道連れだ。


「ぁああああああああああっ!!」

「!? このガキっ!」


 喉の限り。






■■■






 流星。

 何か線が見えた。直後に爆発。


「なんだ!?」


 土埃が晴れる。

 爆心地には、男の人がひとり立っていた。

 獣の牙? 爪? のような棘が沢山付いた、無骨で巨大な黒い剣と一緒に。


「……居やしねえ筈の声がした気がしたが……。まさかとは思ったが、やっぱ違ったか」


 煤けた赤い髪。筋肉質な身体。高い身長。


「……何者だ。貴様……。その剣はなんだ」


 人攫いのボスが剣を抜いて向かい合う。普通の、兵士が持つような両刃剣だ。


「へっ。――んだが、アンタは『牙人族』だな。なんでこんな所でそんなことになってんだ?」

「……!」


 私を見た。橙の瞳。どこか挑戦的な、野蛮で不敵な笑み。


「貴様。我々の邪魔をするのか」

「あん? そのむすめ、お前らのなんなんだ?」

「……我々は業者だ。これは商品になる」

「で、アンタはそれを受け入れてんのか?」


 人攫いと私を交互に見る。次に私を見たときに、私は睨み返した。

 絶対に屈さないと目で訴えた。


「……へっ」


 男の人は、口角を吊り上げて。少し俯いて。


「――そっくりだな」


 何か、ぼそっと呟いて。


「その『心意気』買ったぜ!」


 次に顔を上げた時には、歯……歯茎まで剥き出しにして。

 牙は無い。けど。獣のように笑っていた。

 そして、無骨で巨大なその大剣を構える。


 人攫いはそれを受けて、臨戦態勢。


「……貴様が何者かは知らんが、ここは人類の法の及ばない『魔界』。殺されても文句は言えんぞ」


 私を拘束するひとりを残して、彼を囲むように展開した。それぞれが剣を抜く。戦闘をするつもりだ。

 まさか私を助ける為に?


「そんな見掛けだけの巨大な剣、扱える訳も無い。行くぞ。さっさと殺せ」

「はっ!」


 3人で一斉に襲い掛かる。一斉に。


「オラァ!!」

「あっ!?」


 横薙ぎに、大剣を振り回した。彼が振り切ったその軌跡から、血と臓物の糸が引く。


「…………なんだと……!?」


 人攫いの男達は空中でそれぞれ上半身と下半身に別れて、爆ぜるような音を立てて四散した。

 ドカン。


 風が、血の臭いと一緒にこっちまでやってきた。

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