名探偵ヒカコと盗まれた指輪の謎

和響

第1話

「それで、その大事な指輪が盗まれたんですね」


「ええ。本当に大事な指輪なんです」


 私の名前は名探偵ヒカコ。今日は私のところに舞い込んできた泥棒事件にやってきている。若干十四歳。まだまだ世間では子供扱いされる年齢の私でも、ここ最近の活躍で、探偵業界ではそこそこ名前も知られてきた。……はずだ。


――それにしても、なぜ?


「なぜ、虎次郎さんがここにいるのですか?!」


「え? 面白そうだから?」


 虎次郎さんはかの有名な金有財閥の御曹司で、目のやり場に困るほどのイケメンだ。適度に鍛えられた細マッチョの筋肉はTシャツからのびた腕を見ればよくわかるし、「お前は人気の韓流アイドルかっ!」と思わずツッコミを入れたくなるような髪型と顔立ちには、現実味を感じない。それに、背も高くてお金持ちでって……。


――どんだけ恵まれてるんだよっ!


 おっと、心の声が漏れてしまった。なぜ、そんな虎次郎さんが私と一緒にいるのかと言うと、記憶は一ヶ月前にさかのぼる。


 ちょうど一ヶ月前の暑い夏の日、金有財閥が所有する秘宝「アボカドの種」が怪盗猫男爵に盗まれたのだ。それを見事華麗に1日で解決したのが、私、名探偵ヒカコなのだけれど、なんと、その怪盗猫男爵の正体は今ここにいる虎次郎さんだったのだ。なんでも、海外を飛び回って忙しくしているご両親との思い出が詰まった島がリゾート開発されることを知って、それを阻止するために、秘宝を盗み出したと言う事件だった。なんともお騒がせな、御曹司である。


「ささ、はやくこないだみたいに華麗にこの泥棒事件を解決してみてよ」


「猫男爵みたいに、自分を見つけて欲しい泥棒さんじゃなかったら、華麗にすぐに解決なんてできませんよ」


「あの、すいません、こちらの方は?」


 今回の依頼人は山口きよらさん。私が通っている清楚女学院せいそじょがくいんの高等部に在籍している先輩で、私の噂を聞きつけて、学校で依頼をしてきてくれた。だから今日の事件は、私にやってきた本当の意味での初事件というわけなのだけれど。


「ごほん。それでは、この人のことは置いておいて、事件の概要をもう一度教えていただけますか?」


「あ、ええ……。すいません、話が全然進まなくって」


「いえ、いいんですよ」


「大丈夫大丈夫、この子、名探偵だから」


 じろっと横目で虎次郎さんを睨みつけ、私は視線をきよらさんに戻した。


――もう、解決できなかったら超恥ずかしいじゃんっ!


「実は、その指輪は、お恥ずかしいんですけれど、初めて男の人にもらった指輪だったんです」


 さすが清楚女学院高等部。清楚女学院の生徒らしく、言葉使いも丁寧である。私も、同じ学校だけど、ここまで丁寧に話すことはできない。きっときよらさんはどこかのご令嬢、と言ったところだろうか。ゆるふわっとまとめた髪の毛に品のいいお化粧をほんのりしていて、白いワンピースがよく似合う。それに比べて私はまたもやお母さんが選んで着せた小学校の卒業式のような袴姿に、黒い丸ブチメガネである。


「それで、その指輪、なくなったのはいつごろのことなんですか?」


「一週間くらい前です。とても大切にしていた指輪なので、いつも自分の部屋の引き出しに入れていました。思い出の、指輪なのです」


「思い出って何よりも大事だもんね。俺、その気持ちわかるよ」


「虎次郎さんは、お口にチャックです」


「ほいほい。名探偵さん、続けて続けて」


「ごほん。では、引き出しの中からその指輪が消えていたってことになりますか?」


「いいえ。その日、私の家で幼稚園の同窓会があったんです。同窓会と言っても、私の母が仲のいいママ友を呼んでの食事会で、そこに何人か私の同級生もついてきた、と言った方が正しいかもしれません」


「ほう、同窓会」


――では、そこに犯人が?


「続けてください」


「はい。実は私は母の連れ子なのです。私が五つの時に今のお父さんと再婚して。それで、山口の子供に私はなったんですけれど。その前まではいたって普通の母子家庭でした。だから、幼稚園の時のお友達っていうと、今みたいな女学院の友達とは違って、なんと言いますか……」


「お嬢様ではない普通の家の子供だと?」


「え、ええ。そういう言い方がわかりやすいかなと思うんですけれど。でもいまだに私もみんなとは仲がいいんです。一緒にキャンプに行ったり、気兼ねなく一緒に遊べる幼なじみっていうか。今は、喋り方や仕草も、山口の家に合わせて気を張っていますし。きっと、お母さん、いえ、母も、その当時のママ友は気が楽なんだと思います。いつも山口の家の中では気を使わないといけないので」


「そんなに気を使うようなお家なのですか?」


「はい。代々お花のお家元をしております」


「そういうのって、超めんどくさいよね。俺わかるわぁ」


「話を戻しましょう。虎次郎さんはフラペチーノでもすすっててください」


「ほいほい」


「で、その幼馴染みが家にきて、それから指輪がなくなった、ということなんですね?」


「そうなんです。その指輪……。引き出しから取り出して、小指にはめようとしたんですけれど、子供の頃にもらった指輪だから壊れたら嫌だなって思って。あの、よく縁日で売ってるような指輪だったもので」


――なるほど。その指輪をくれた人がその幼馴染みの中にもしかして、いる……?


「その指輪をくれた人は、その幼馴染みのメンバーの中にはいましたか?」


「どうしてわかるんですかっ!? そうなんです。指輪をくれたのは健ちゃんと言って、私の……初恋の……人なんです」


 きよらさんはそう言って、恥ずかしそうに視線を自分の飲んでいるメロンフラペチーノに落とした。


「その健ちゃんは、その日に家にやってきていた、と?」


「はい。健ちゃんのお母さんと、私のお母さんは同じ母子家庭同士で、とっても仲が良かったんです」


「その日は、合計何人の幼馴染みが集まったんですか?」


「いいねぇ、名探偵っぽい」


「虎次郎さんはお口にチャックです」


「その日は確か、私も合わせて五人でした。ゆきちゃんと、かなえちゃんと、健ちゃんと、たけるくんと、私の五人です」


「ふうむ」


 この事件にはきっと何か裏があると私の名探偵の勘が言っている。久しぶりに再会をした気を許せる幼馴染み。そして、その幼馴染みの中に初恋の人がいる。男女合計五人の関係性。怪しい……。


「その中に、犯人がいるはずですね」


「お!もうわかっちゃたの? さすが名探偵!」


「もう! 虎次郎さんはお口にチャックです!」


「ほいほーい」


「そうは思いたくないんですけれど、やっぱりそういうことになりますか?」


「可能性は高いですね」


「……。一体、誰がそんなことを……」


「指輪を最後に見たのは?」


「自分の部屋から洗面所に持っていって、それで身なりを整えてから指にはめようと思って、それで一瞬目を離した隙に」


「その時はもう皆さんお揃いで?」


「はい。予定よりも早くきた人がいたので、私は急いで洗面所に向かったんです。お恥ずかしいのですが、朝、起きるのが苦手なもので」


「ふうむ」


「まずは現場検証ってとこだね」


「虎次郎さん、お口にチャック……でもそうですね! まずは現場検証です!」






 

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