魂振りの神楽(ファンタジー)

 ゆらゆらと音に揺れ、さやさやと舞に鳴る。


 由良ゆら沙耶さやの双子の姉妹は、山間の小さな町に代々続く神社の娘だった。

 祭事の際は、2人とも朱と白の巫女の衣装を纏い、沙耶の奏でる角笛に合わせて由良が舞う。囁くような音色には緩やかに旋回し、吼えるような大音には力強く大地を踏み締め、対の女神のような魂振たまふりの舞と演奏は一晩中続いた。


 普段は僕と同じ小学校に通う2人だったが、彼女達は見分けがつかないほどそっくりで、そしてとても美しかった。

 長い黒髪と紅い唇、黒い瞳、白目の部分が青く見えるほど澄んだ目でじっと見つめられると、愚鈍な僕ですら何もかも見透かされているような気がして畏怖すら覚えたものだ。

 事実、時々不思議なことを口にする由良と沙耶は、不気味なほど天候の変化を予知し、会ったばかりの他人の過去を言い当て、大きな災害やどこに誰が生まれ誰がいつ身罷るかを的確に予言した。

「何か良くないものが取り憑いている」とか「近寄ると祟られる」などと言って、町の人たちは彼女達を畏れ遠巻きにしているのが常だった。


 僕は鈍感ではあったが、どちらが由良でどちらが沙耶なのか、完璧に見分けることが出来た。田舎の町に似つかわしくなく、2人はいつもゴシック調の華美なワンピースを着ていた。同じ形の小さな角笛のペンダントを首から下げ、冬には決まって朱と白の毛皮のマフラーを巻く。もっともそれは悪戯で入れ替えられてしまうので、色で彼女達を見分けるのは不可能だ。


「またみことには分かってしまったのね」

「今度こそは分からないと思ったのに」

「どうして?2人とも全然違うよ」


 僕がそう言うと、由良と沙耶はいつも嬉しそうに笑った。些細な表情の変化や口癖、仕草、目や唇の形、手足の大きさ。僕の目には明らかだったのに、なぜか大人たちは彼女たちの入れ替えに気付かなかった。


 幼い頃から僕らはいつも一緒だった。2人は冬になるとお気に入りの毛皮のマフラーで手品を見せてくれた。

 彼女達の手の中で生き物のようにしなやかに動く毛並み。囁くような歌声に合わせ、ゆらゆらと音に揺れ、さやさやと舞に鳴る。「キッキッ」と小さな声で毛皮が鳴くのに驚いて、僕は歓声を上げた。


「すごいすごい」

みことにだけは触らせてあげる」

「特別よ」

「こっちがアカ」

「こっちがシロ」

「そのまんまだね」

「ふふふ」

「ふふふ」


 不思議がる僕に触らせてくれたふわふわと指の沈むマフラー。温かくて、まるで生き物のように僕の手首を包み込む。

 毛皮を纏い、色違いのベレー帽を被った由良と沙耶は冬に舞い降りた妖精のようにも見えた。口さがない大人たちに止められようと、僕はそんな彼女たちの特別になれたことが誇らしかった。



 そんな冬のある日、由良と沙耶が血相を変えて僕の家に走って来た。2人とも青褪め、息を切らし、細い手足は泥に塗れていた。


「逃げて、尊」

「この町はもうすぐなくなるの」

「みんな死んでしまう」


 僕の両親は怒って彼女たちを追い返した。いくら天気を当てられるからと言って、性質の悪い冗談だと大人たちは嘲り、終いには由良と沙耶は怒った町の人たちにお仕置きとして普段は使わない神楽舞の建物の中に閉じ込められてしまった。


 僕は心配になって夜中にこっそり様子を見に行った。細い光の漏れる隙間から神楽殿の中を覗くと、由良と沙耶はマフラーを外して腕に巻き、何か話しかけていた。


「もうすぐ来るわ」

「尊を護って」

「尊、そこにいるんでしょう?」

「私達は大丈夫よ」

「またいつか会えるわ」


 まるで今生の別れのような言葉を告げる2人の腕の中から、朱と白のマフラーはするりと床に滑り落ち、生き物のようにくねりながら僕がいる場所をめがけて近づいてくる。

 信じられない光景を目にして僕が後退ったその瞬間、ドン!という衝撃が地の底から突き上げ、次いで山の方から大きな地鳴りが聞こえてきた。


 そこから先の記憶はほとんどない。山間の小さな町は、大きな地震の発生と共に大規模な土砂崩れの中に埋もれ一夜にしてその姿を消した。

 行方不明者多数、ただ一人の生存者として発見された僕の首には、朱と白の小さな角笛のペンダントが下げられていた。




 それから数年ののち。


「奇跡の少年」として一時期もてはやされたものの、その後は身寄りもなく苦労して学業を修め社会に出た僕は、平々凡々な日々を送っていた。

 変わったことと言えば、妙に幸運体質になったことだろうか。どんな災難も事故も僕を避けるように逸れていく。形見として肌身離さず身に着けている角笛のペンダントのお陰だろうか。


 10年目を機に、あの町のあった場所を訪れた。生存は絶望的と言われ、未だに遺体も見つかっていない両親や町の人の為に、今は慰霊碑が置かれている。冬が近づいた山の空気は冷たくて、じっとしていると足裏から寒さが這い上がってくるような気がする。

 あの時彼女達が遺したものはなんだったのだろう。僕は物言わぬ石碑の前で手を合わせた。

 ふと、背後に、誰かが立つ気配がした。こんな寂れた場所に来る人間などいるはずもないのに。怪訝に思って振り向いた僕の目に、涙が溢れる。


「尊、また会えたわね」

「由良」

「言った通りでしょう?」

「沙耶」


 僕の首から解けたペンダントは地面に滑り落ち、彼女たちの元へとくねりながら近づく。2人がそれに手を差し伸べると、朱と白の毛皮は腕を伝いほっそりとした首を護るように巻き付いた。


「アカ、シロ。ありがとう」

「尊を護ってくれて」


 大人になった由良と沙耶。美しい神楽舞の巫女。澄んだ目は喜びに溢れ、慈愛に満ちた眼差しが僕を見つめていた。

 僕に近付く爪先は凍える地面を軽やかに踏み、産土うぶすなの祝福を受けるかのように「キッキッ」と微かな音を立てた。



◇◇◇◇◇


【後記】

 

 伝承における憑き物の一種に管狐くだぎつねというものがある。筒の中に収まる程の小型の生き物の形態を取っているが、通常はその遣い手にしか姿は見えない。守護霊のように個人だけでなく家系に憑くものとされ、遣い手は管狐の力で他人の過去を言い当てたり、未来を予言したり、占術が使えるほか、他人に災いをもたらす呪術を使える者として忌避されていた。


別サイト企画参加作品

テーマ「マフラー」

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