DVDを観ている時に「ポップコーン残り一個だけど食べる?」と聞いてくる弟の親友が微妙にウザい➁(ラブコメ)

苺花いちか~。こいつ俺の高校の友達。白系ロシア人なんだぜ、すげーだろ」


 居間のソファでポテチを食べてダラダラしていた苺花は、弟のシュンにそう紹介されたそびえ立つような大男を見上げた。シュンが小柄なせいもあるが、同じ制服ブレザーを着ているのにその体格差は大人と子供くらいはある。

 日頃鍛えていない軟弱な苺花の首筋がピキッと音を立てた気がした。


 今日はもう誰にも会わないと思い、某ラーメンのひよこキャラの着ぐるみパジャマ姿という気の抜けきった格好の時に友達を紹介する弟の配慮のなさにも困ったものだ。

 と、考えていることはおくびにも出さない無表情で、シュンの隣に立った男に下から上まで不躾な視線を投げる。


――デカイ。ゴツイ。ヤバい人かな?あの筋肉岩かな?


 表情の窺えない彫りの深い顔立ちを眺め、硬そうな金茶色の髪や左眉に斜めに走る傷跡、高い鼻をジロジロ見ていると、真一文字に結ばれていた酷薄そうな唇がゆっくり開いて意外に穏やかな低い声が降ってきた。


「初めまして、苺花さん…?お邪魔します」

「………こんにちは」


 自分でも愛想のない声だと思いながら、小さく頭を下げる。その間もポテチを口に運ぶ手は止めない。期間限定のクサヤ味は今しか味わえない逸品なのだ。

 シュンは臭いに顔をしかめながらも、キラキラした目で苺花を見つめた。


「ねーねー、驚かないの?」

「何が?」

「白系ロシア人」

「もしそれが本当なら驚きだが、彼はロシア革命後に亡命したロシア人とかウクライナ人とかポーランド人とかユダヤ教徒の子孫なのかな?」

「???」


 きゅるん、と苺花似の大きな目を見開いてぶりっこポーズで首を傾げる弟を見ながら、「こいつはアホの子だった」と溜息をついた。


「白系ロシアとは共産主義に反対した帝政派のことを指すのであって人種のことではないよ」

「へー!苺花あったまいいね~。みんな騙されたのに。やっぱ人間いつでも勉強だよね。俺なんか教科書3行読んだだけで眠くなっちゃうんだけどね、ふひひ」


 超絶テキトーな弟は、悪戯が成功しなかったにも拘らず、妙に嬉しそうにへらへら笑っている。

 すると、それまで沈黙を守っていた大男が、低い声で呟いた。

 

「ロシアの血が入ってるのは本当ですよ。母親があっちなんで」

「そーそー、逢沢あいざわ・ミハイル・ハヤトね。ハヤトの漢字は俺と一緒~」

「おい、ミドルネームまでいうことないだろ」

「えー、可愛いじゃん、ミハイル、ミーシャ、ミーシャちゃん」

「うるせえ」


 だから嫌だったんだとブツブツ言う彼の白い耳が赤く染まっているのをぼんやり見た苺花は、ポテチを食べる手を止めた。


「ミーシャ……」

「はい?」


 脳裏をよぎるのは父親が集めていたオリンピックのマスコットキャラの子熊。五輪ベルトを着け赤いタンクトップに紺のパンツの絶妙にキモ可愛い子熊の愛称。

 そんな名前の女性アーティストもいるし日本人の感性からしたらミーシャは愛らしいイメージだ。

 苺花は思わず微笑んだ。


「そうか…可愛い名前だね」

「おお、苺花が笑ってる。すげーなミーシャ、レアだぞ」

「いや小学生に可愛いって言われても…」

 

 ハヤトは苦いものを嚙み潰したような表情で、硬そうな髪をバリバリ搔きながら、シュンに苦言を呈した。その一言に場の空気が凍りつく。


「……は?」

「……は?」

「え?」

「私はシュンの姉だが?」

「え、そうなんですか!?」


 小学生……いったい幾つだと思われていたのだろう。

 こんな着ぐるみ姿だし、母から受け継いだ童顔遺伝子はどうしようもない。そういう反応は慣れっこだが、目の前の男は驚愕に目を見開いている。


 一度浮かんだ笑みを顔に張り付かせたまま、苺花はゆっくりとポテチに手を伸ばした。



◆◆◆◆◆



「しかし小学生だと思ってたのに、態度は丁寧だったね」


 合コンの帰り道。

 迎えに来たミーシャことハヤトにちゃっかり買ってもらった限定味のイカ塩辛バジルチキンを頬張りながら、初めて会った時のことを思い出していた苺花は静かに忍び笑った。


「いつの話ですか……ああ、年下でも子供でも軽く扱うのは違うと思いますよ。シュンの妹にしては落ち着いてて賢そうだとは思ったけど」

「君はい男だねえ」

「え?俺カッコイイですか?」

「字が違う。善良って意味だよ」


――見た目厳ついけど。微妙にウザいオカン男子だけど。


 今までアホの子シュンが連れてきた悪友など、初対面の苺花にずいぶん侮った態度を取ってきたものだ。あまりにひどい奴はシュンが速攻で切り捨てていたので、あれはあれなりに姉を想っているのだろう。


 その点ハヤトは最初から丁寧で紳士的だった。外見で苦労していたのは苺花とある意味同じなのかもしれない。

 今だって苺花の歩幅に合わせて、長い足を持て余し気味にしながらもゆっくりゆっくり歩いている。


「あー、俺、顔怖いし、気を付けててもよく子供に泣かれるんですよねえ。あと親に叩き込まれたんで。どんな年齢でも女性は丁重に扱えって母親が……姉貴ゴリラもいるし」

「ゴリラ?」


 一瞬聞こえた不穏な言葉を聞き逃さず、苺花はきょとりと顎を上向ける。相変わらず首が疲れる男だ。


「うちの姉貴なんてゴリラっすよ。俺の女版。デカいわ横暴だわすぐ手足出るわ、弟の人権なし」

「そうかなあ」


 ハヤトは一見ワイルドだが整っていない訳ではないので、その筋のお姐さんなどにはモテそうだ。それの女性版なら迫力のある美人なのではないかと思うのだが。

 苺花も今日のようにシュンを顎で使おうとすることはあるが、結局ハヤトに押し付けているし、奴はものすごくテキトーなので自分で行動した方が後が楽なのだ。


「あ、苺花さんは違いますよ?世の中にこんな素敵な姉が存在するんだって感動しましたもん」

「ふーん。ありがとー」


 ここ数年、あの時のお詫びのようにハヤトからの賛辞を贈られ慣れてしまった苺花は、特になんの感慨もなくチキンを齧った。ジューシーな鶏肉を包んだサクサクの衣は生臭い塩辛とバジルの匙加減が絶妙である。

 ハムスターのように頬を膨らませて咀嚼する苺花の横顔を見下ろしながら、ハヤトはちょっと呆れた顔をした。


「苺花さんて変わった味のもの好きですね」

「ふが…?」

「初めて会った時もクサヤ味のポテチ食べてましたよね。臭いが強烈だった」

「うん。あれ美味しかったなあ。復刻しないかなあ」

「ぅえー」


 人が選ばないものは取られる心配があまりない。姉弟間の仁義なき食料争奪戦を経て、苺花は学んだのだ。競争激しい荒波レッドオーシャンよりも凪のブルーオーシャン戦略である。まずは胃を満たすことが先決だ。

 しかし戦略はともかく、ふと悪戯心が沸く。眉をしかめながらふざけて舌を出すハヤトの目の前に、苺花は意地悪くチキンを差し出した。


「なに、これも美味しいよ?一口食べる?」

「え……っ」

「絶対美味しいから」

「え、いや、それ、間……」


 驚いたように歩みを止めたハヤトの口元に押し付けようとするが、背伸びしても身長差がありすぎて届かない。

 こんな時だけ笑顔の大盤振る舞い。そういうところはシュンとよく似ている。苺花はハヤトの柄シャツの袖を掴みぴょんぴょん跳んだ。


「ほれほれ、食べてみい。ほら、ミーシャ、もーちょっと屈め」

「…………Милая 《かわいい》」


 苺花には理解不能な言語を発したハヤトは、油をさしていない機械のようにギクシャクとした動きでそっと体を傾けた。

 ぎこちなく開けた口の中にチキンを押し込むと、白い歯が肉片を噛みちぎり咀嚼する。


「どうだ、美味かろう」

「………味が全然分かりません」


 ハヤトは耳まで真っ赤になって、得意満面で胸を張る苺花から隠すように口元を覆い、チキンを飲み込むのに酷く苦労しているようだ。


 透き通った灰色の瞳は潤み、光の加減によっては灰青色ブルーグレーにも見える。冬の曇天の晴れ間に覗く薄い青空ような色に、苺花は一瞬見惚れる。


「分かんないの?もう一口食べる?」

「……っ!!殺す気ですか?勘弁してください」

「えー?そんなに不味いか~?」


 苺色の小さな唇を尖らせる苺花はますます子供じみて見えたが、そんな彼女を見下ろしたハヤトはもう一度謎の言語を呟いたのだった。



――――――――――――――


【ものすごくどうでもいいプチ情報】


★Милая(ミーラヤ)はロシア語(翻訳合ってるかどうかは???)姉とバトる時は日・英・露語が入り混じる。たいてい負ける。

★シュンの言動モデルは高田純次師匠。

★ハヤトの眉の傷は子供の頃飼ってた犬(ボルゾイ)と遊んでて齧られた跡。

★コンビニのモデルはファ〇マ。

★クサヤ味ポテチもイカ塩辛バジルチキンも存在しない。多分。

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