DVDを観ている時に「ポップコーン残り一個だけど食べる?」と聞いてくる弟の親友が微妙にウザい(ラブコメ)

 人生最大のピンチ、というほどではないが、いささか面倒な事態に巻き込まれたな、と岡本おかもと 苺花いちかは頭の隅で考えていた。


「い、苺花ちゃんて可愛い名前だね。すごく似合ってると思う。そ、その服も可愛いよね。小っちゃくてふわふわで守ってあげたくなる感じ。『もぎたて乙女☆図鑑』のみゃーちゃんに似てるって言われない?あ、『もぎたて乙女☆図鑑』てね、今はローカルアイドルだけど、僕はそのうちメジャーに行くと思ってるんだよね」


 目の前の男は何やら変に上擦った調子で早口に話し続けている。少々釣り目で齧歯類を思わせるヒョロっとしたその男は、通せんぼのように苺花の進路を塞ぎ、一人で興奮している。


――いや、知らんが。


 苺花は無表情に夜の空を仰いだ。こんなことなら人数合わせの合コンなどに参加するのではなかった。

 大学で知り合った友人の松尾まつお 天奈あんなに「いるだけでいいし会費も払わなくていいから」と拝み倒された。

 いつもなら好きなドラマをリアタイで観たいからと断るのだが、某有名大学との合コンを幹事として絶対外す訳にはいかないと鬼気迫る様子で縋られて、タダ飯ならいいかと指定の創作居酒屋に向かったのが数時間前。


 天奈から「とりあえず普段着のボロいパーカーとダメージジーンズは止めろ」と言われていたので、数少ないワードローブの中から少しは華のあるペールブルーのシャツワンピを着てきただけだった。

 どうやら会場に着いた時点でこの男にロックオンされたようだ。適当に流して盛り上がる周囲をよそに、よく分からない味付けの多国籍料理を黙々と腹に収め、頃合いを見て抜け出したものの、勝手についてきて今に至る。

 こういう事態も想定して、弟のしゅんに迎えを頼んだ。もうすぐ来るはずだが、それまで付きまとわれるかと思うとうんざりする。


 確かに苺花は、一応成人しているにも拘らず、一部マニアに受けそうな姿形をしている。

 背中まで伸びたふわふわの茶色の髪、小作りな顔の中で存在を主張する大きな茶色の瞳と長い睫毛、天然苺色の艶めく唇、小柄な体に華奢な手足。

 天奈に言わせると「見た目は妖精、中身は干物、その名は脱力系残念美少女・イチカ!」らしいが、失礼な話だ。


「体重は苺5個分ですぅ」などと言っても許されそうな見た目ながら、苺花は面倒なことはなるべくしたくない横着で雑な性格をしていた。

 オマケに燃費が悪いので、お洒落すぎる居酒屋メニューでは食べた気にならず、帰りにコンビニで肉まんかチキンでも弟に奢らせようと目論んでいた。


「でさあ、僕の親戚が業界関係者で」

「その話長いですか?」


 男の言葉が途切れるのを待たず、苺花は素っ気なく言った。今帰ればドラマの時間に間に合うかもしれない。弟の迎えばかりが気にかかる。

 表情筋すら動かすのが面倒で、徹頭徹尾不愛想の無表情で貫き通しているにも拘らず、それすらもいいと言うマニアはなぜか定期的に湧く。


「あ、あ、そうだよね、ごめんね、一人で喋って。送っていくよ」

「結構です。迎えが来ます」

「じゃ、じゃあ、一緒に待っててあげるよ。一人で待ってると危ないから。……き、君のナイトになりたい」

「いや、そういうのいいんで」


 そんな称号日本にはねえよと内心毒づきながら、鼻息も荒く肩に伸ばされる男の手をさっと躱す。勢いでそのまま早足で歩き出したが、如何せん体格に見合った歩幅なので、どれだけ急いでも男との距離は開かない。

 

 イライラした苺花は、通り過ぎようとしたコンビニの前で、咄嗟に方向を変え中に足を踏み入れた。

 軽やかな入店の音楽が鳴り、夜勤の店員のダルそうな挨拶が白々と響く。


「ねえねえ苺花ちゃんはどこに住んでるの?連絡先交換しようよ」


 釣り目男はどこまでもついてくる気のようだ。無視してホットスナックを物色する苺花の後ろでめげる様子もなく話しかけてくる。

 こういう手合いは人の話を聞かない。名前呼びを赦した覚えもない。さっきから自分の自慢かアイドルの話しかしていない。それが苺花になんの関係があるというのだ。

 イライラが頂点に達し、苺花は振り向いて男を睨みつけた。


「あの、いい加減に…」

「なんやあ、苺花ぁ、こんなとこで何しとるんや。店の前で待っとけ言うたやろ」


 背後の男の肩越しにぬっと伸びた大きな手が、苺花の小さな頭をワシッと掴む。その不機嫌そうな低い声に聞き覚えのあった苺花は、驚いて視線を上げた。

 日本人の平均身長程度であろう釣り目男をはるかに上回る上背の男が、2人を背後からうっそりと覗き込んでいた。


「……逢沢あいざわ?」

「な、なんだ君は…っ!」

「あ"?」

「いえ!ななななんでもありません!失礼します!」


 文句を言いかけた釣り目男は、背後の男の面相を見て顔色を失った。

 

 筋骨逞しい体を包む派手な柄シャツ、金茶色の短髪から覗く耳にはごつめのピアスが光り、自分を見下ろす窪んだ眼窩の下の鋭い灰色の眼と左の眉尻に走る斜めの傷跡を見て一瞬で震えあがる。

 どう見ても反社会勢力の人間にしか見えない。先ほど「ナイトになりたい」とうっとりしていた釣り目男は、苺花を置いてさっさとコンビニの外へ走り出て行った。


「……ナイトとは……」

「苺花さん?」


 野太い声に不安そうに名前を呼ばれ、苺花は頭を掴む手を外し、やれやれと男を振り仰いだ。小柄な苺花とは頭二つ分くらい差があるので、仰け反るように見上げれば、幾分しょんぼりとした表情で身を屈めてくる。


「何してんの?逢沢」

「シュンに頼まれて代わりに迎えに来たんです。お店の前にいなかったから探したんですよ」

「ふーん。”シュンに頼まれて”ねえ。あいつめんどくさくなって押し付けたんでしょ。駄目だよ、あの子甘やかしちゃ。てか、さっきの関西弁何?関西人だったっけ?」

「あ、あれは…俺の見た目ならああすればすぐ追い払えるかと思って。あ、すみません、お友達でした?」

「いや名前も知らん」


 己の与える効果を熟知しているにしても何故にエセ関西弁?闇金設定かな?借金取りに追われる金遣いの荒い女と学校で噂になったらどうしてくれよう。


 先ほどとは打って変わった殊勝な態度の男に、苺花は胡乱げな眼差しを向けた。

 臆する様子もなく小首を傾げた見た目美少女の大きな瞳に凝視されて、日本人にしては色素の薄い大柄な男の首筋にじわじわと朱が昇る。



 逢沢 はやと、日本人の父とロシア人の母を持ち、恵まれた体格と厳つい顔のせいでとてもそうは見えないが、弟の同級生、現在高校3年生の18歳。

 見た目に反して繊細で人見知りな彼は、天然金髪の誤解も自力で解けぬまま間違った高校デビューを果たし、怖がられて遠巻きにされる破目に陥る。

 だから、苺花に似た外見で物怖じしないしゅんに「同じ漢字なのに読み方違うんだなー」「出席番号近いし紛らわしいよなー」「ねーねーハヤトって呼んでいい?」などと能天気に話しかけられ、最初は戸惑い警戒していた。


 シュンが誰に対しても大雑把で適当なので、懐かない野犬のようだったハヤトも少しずつ心を開くようになる。

 大型犬にまとわりつくチワワのようなやり取りに、恐々だった周りの空気は和み、今では凸凹コンビとして周知されるようになった。


 家に遊びに来た時は、弟が悪い輩とつるみ始めたのかと心配した苺花だが、きちんと挨拶も出来るし、毎回美味しい手土産も持参するしで、餌付けされている自覚もないまま「外見で人を判断してはいけない」と深く反省したものだ。


 そのうち岡本姉弟の見目を裏切る横着さに気付いたハヤトは、来るたびブツブツ言いながら片付けのできないシュンの漫画を一巻から揃えて並べたり、脱ぎ捨てられた衣服を畳んだり、散乱した雑誌をまとめたりするようになる。


 シュンはいつの間にか親友認定され、泊まりにも来るようになると、「お世話になるから」と手際よく料理の下ごしらえや後片付けなどを手伝って母を喜ばせ、「唐揚げにレモン絞る派?絞らない派?」と気を遣い、苺花も一緒に居間でDVDを観ている時に「ポップコーン残り一個だけど食べる?」などとお伺いを立ててくるのだ。


――おう……あいつオカンか?

――おう……微妙にウザいな。


 岡本姉弟はされるがまま世話を焼かれているくせに、目と目を見かわし失礼な会話をする。

 なぜだか分からないが苺花も一緒に世話を焼かれている。微妙にウザくてオカンぽい男子。それが逢沢隼。


 そう思っていた。


 ハヤトは、普段から睨んでいるようなグレーの瞳を更にすがめ、苺花のつむじの辺りをじっと見つめる。

 苺花は彼の為人ひととなりを知っているから怖くはないが、傍から見ると華奢な少女を恫喝しているようにしか見えないだろう。通報案件だ。


「ところでなんで合コンなんか行ったんです?彼氏欲しいんですか?」

「タダ飯食べさせてくれるって言うから」

「苺花さん、御飯なら俺も作れますから、危ないところに行くのは止めましょうね」


 小さな子供に言い聞かせるような噛んで含める物言いに、無表情な苺花の眉間が微かに歪む。


「いや、オカンか?天奈に頼まれただけだし、ご飯食べたら帰るつもりだったよ?」

「……松尾さんとは一度きっちりお話しないといけませんね」

「はあ?なんで?」

「こっちの話です。いいですか、苺花さん。合コンなど時間の無駄です。あんな場で真剣な出会いなど期待してはいけません」

「そうなんだ…」


 別に出会いを求めて行ったのではないし、それがハヤトになんの関係が?と思わなくもないが、静かだが断固とした言葉に押し切られ、なんだか反論するのが億劫になってくる。


――これはオカンというより……番犬?

――なぜ自分はいま説教されているのだろう。


 人生最大のピンチ、というほどではないが、いささか面倒な事態に巻き込まれたな、と苺花は頭の隅で再び考え始めた。


―続く?―

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