多分きっと逃げられない②(続ラブコメ)

結論から言う。ラッキースケベ万歳。


 私の下で驚いたように目をまん丸にしているりんちゃんを見下ろし、内心拳を握り締める。

 さっき敷居に (わざと)躓いて転んだ私を抱き止めた凜ちゃんに、偶然を装ってぎゅっとしがみつく。 一見細身なのに意外と筋肉質。普段はもっさりした前髪に隠れているけど、綺麗なアーモンド形の眼と瞳は甘いチョコの色。


うーん、たまらん。


 脳内で下品な感想を垂れ流し、つい興奮して赤らんだ頬を、恥ずかしがっていると思ったらしい彼は、慌てて起き上がって私の顔を覗き込んだ。


「大丈夫?」

「うん…ごめんね、下敷きにして。凜ちゃんこそ大丈夫?私重くない?」

「俺は大丈夫。全然重くないよ。なんともない?」

「……あ、足が痛い、かも。立てない」

「捻った?今、湿布持ってくるから」

「ううん、ちょっとさすってれば治るよ」


 私はしおらしく俯いて、痛くもない足首をさすった。


 隣に住んでいるこの3つ年上の幼馴染は、大人しくて儚げな女の子が好み。

 5歳の頃一緒にお留守番をして、夕方のドラマの再放送を見ていた時に、とっても綺麗で儚げな感じの女優さんを見て「この人いいね」って言ってた。

 凜ちゃんが今まで付き合ったり「いいね」って言った女の子はだいたいちょっと薄幸そうな感じの美人ばかり。

 子供の頃から凜ちゃんが大好きだった私は、彼の好みに合わせるために必死で努力してる。


くっ、なのに、鈍い、鈍すぎるこの男!結構分かりやすくアピールしてるのに!


 今日は借りていた本を返しに来たという名目で凜ちゃんちに上がり込み、たまたま家にいた彼の部屋に突撃した。凜ちゃんのママには薄々バレてるみたいだけど、本来の私は勝気で活発。

 兄貴や弟に挟まれて育って口調も乱暴、自分でも引くくらい雑な言動。でも彼の前では絶対にそんな姿を見せない。凜ちゃんの前では小さな声で丁寧に話すよう心掛けた。

 儚げ女子を目指す身としてはあまりグイグイ行くのは避けたい。


うん、でも、凜ちゃんの前に出るとドキドキしてまともに口がきけなくなるから、そこは演技じゃない。

 

 兄貴が空手を習い始め、私もやりたいとせがんで始めたけど、凜ちゃんにバレるのが怖くてバレエを習ってるって嘘をついた。もちろん家族には固く口止めをして。

 お陰で馬鹿兄貴には口止め料代わりに年中パシられる。むかつくけど凜ちゃんに嫌われるのだけは避けたい。


 余分な筋肉がつかないように気を配り、肌の白さを保つために絶対日に焼けないように日焼け止めと日傘は一年中常備。私の中で『儚げ女子は色白』と決まってる。

 

 そんな努力も露知らず、本人は癒し系というか、ぼんやりしているというか…背は高いけど年中猫背だし、服装にも無頓着だ。

 他の女が寄ってきても困るので、それは別にいい。この一年くらい彼女がいないのも兄貴を通して確認済みだ。凜ちゃんのいいところは私だけが分かっていればいい。


 未だべったりくっついたままの私をそっと引きはがした凜ちゃんは、少し赤くなった頬を明後日の方角に向けて言った。


「今日暑くない?なんか飲む?お茶貰ってくる」

「いい。やっぱり足首腫れてるかも…見てくれる?」

「いや、でも…」

「お願い」


 うるうると瞳を潤ませて見上げれば、凜ちゃんの眉が困ったように下がる。可愛い。積極的に困らせたい訳ではないけど、私のことで右往左往する凜ちゃんを見ていると、胸の奥がムズムズする。


 片足で立ってベッドに座り、有無を言わさず靴下を脱いで素足を晒すと、恐る恐る手を伸ばしてくる。

 少し汗ばんだ大きな手で、壊れ物を扱うようにそっと足首を持ち上げ、自分の膝の上に乗せて、皮膚の表面を撫でる。私より少し高めな体温に思わず溜息が漏れた。


「ここ?痛い?」

「ううん、痛くない、いや、やっぱ痛い」

「どっち?」

「凜ちゃんの手、気持ちいいね」

「………お前なあ」

「小さい頃もケガして泣いてるとよく撫でてくれたよね」

はるかは泣き虫だったからなあ」


まあ、凜ちゃんの前限定だけど。ほんとは転んだくらいで泣きはしない。


 一緒に駆け回っていた昔を思い出したのか、遠い目をしてぼんやり私の足をさする凜ちゃん。

 せっかく凜ちゃんの為に磨いた素肌なのに、雑に扱わないでほしい。こういう時、幼馴染だとあまり意識してくれないもんなんだろうか。


もう少し。あと少し。近いようで遠い距離がもどかしい。


「小さい足だな」

「え、そう?大きくなったよ」

「そうだけど。俺よりは小さいだろ。女の子の足だ」


 呟いた凜ちゃんが少しだけ指を広げて、くるぶしからふくらはぎの辺りまで撫でる。そのまま手を上下させて、骨の形を辿るように次第に上の方に迫ってくる。


「すべすべだし」

「う、うん…」

「細くて力入れたら簡単に折れそう」

「そそそ、そうかな」


ああああれ?なんかのスイッチ入っちゃった?


 自分で仕向けておきながら、いざとなったらテンパってしまう。手の平の体温がやけに生々しく感じる。ぞわぞわと、悪寒に似た何かが足首から這い上がる。

 ドキドキしながら見ていると、凜ちゃんは私の足を持ち上げてゆっくり顔を近づけた。


きゃああああああああ!!何!?何するの!?


 完全にパニくって固まる私の足首に、ふっと息を吹きかけた凜ちゃんは、「痛いの痛いのとんでけ」と小さく呟いた。

 真っ赤になっているであろう私を見上げ、へらっと笑う。


「子供の頃、こうやってあげると泣き止んだよね~。まだ痛い?」

「ううううううん、もう!全然!痛くない!」

「良かった」

「うん、うん、ありがと凜ちゃん」

「遥、顔赤いよ。やっぱり暑いんでしょ。お茶貰ってくるね」

「はい!お願いします!!」


 私は力いっぱい頷いた。儚げ演技などすっかり忘れて力強く。ハキハキと。


しまった、空手の稽古じゃないんだから。


 慌てて口を塞いだ私の頭を軽く撫で、凜ちゃんは部屋を出て行った。ドアが閉まる瞬間ちらりと見えた横顔には、少し意地悪な表情が浮かんでいた。


何あれ、さっきのわざと?凜ちゃんのくせに!


 なんとなく負けた気分でベッドに突っ伏した。こうなったら意地でもこちらを振り向かせる。子ども扱いで逃げさせない。


 凜ちゃんの匂いのするシーツに顔を埋めながら、捕まえるつもりで捕まっているのは私の方かもしれないと、心の隅で思った。

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