モモちゃんの純情(恋愛)

「あんなあ、キリちゃん」

「ん?」

「うち、今度シキ先輩と旅行行こと思って」

「ふーん」


 モモちゃんは嬉しそうに頬を染めてモジモジしながら言った。私の素気ない返事も気にならないようで、一人で喋り続けている。そのちょっと舌足らずな甘えた喋り方も可愛い。

 そう、モモちゃんは可愛い。いつも気を遣って整えている小麦色のお肌はすべすべだし、メイクはしてないけど、唇はプルプルのサクランボ色。サラサラの茶色の髪と長い睫毛の瞳はぱっちり二重。

 胸元を大胆に開けたフリルがたっぷりついた赤いシャツは、自分で作ったという。


「最近、背が伸びすぎたのが悩みやねん。可愛い服がないねん」

「それは羨ましい悩みだ。少しよこせ」

「あげられるもんならあげたいわあ。キリちゃんちっこくて可愛いもんなあ」

「ちっこい言うな」


 ぐりぐりと上から頭を撫でられて、ちょっとイラっとする。見上げるほどに高い彼の背丈は185㎝。

 大学で知り合った彼は、その華美な見た目もふわふわした性格も、四六時中黒づくめで根暗の私とは真逆のタイプだが、妙にウマが合ってなぜか最近は一緒にいることが多い。


「てか、旅行って?」

「ずっと沖縄行こって誘ってたんやけど、断られててな。遊ぶ費用も旅費もうちが全部出すからって食い下がってこないだやっとOK貰えたんよ」

「はあ………あいつは止めといた方がいいんじゃない?」

「なんでよー!」

「あれは天性のヒモだぞ?昨日、急に私ん家に来て『熱っぽいんだけど風邪薬持ってない?』『ついでに茶飲ませて』って良い笑顔で上がり込んでこようとしてたからな。風邪移ったらどうすんだって薬だけ渡して追い出したけど」

「えええ!!うちんとこ来てくれたら良かったのに!!何もしてないよね!?」

「するわけないし」

「あの顔で迫られたら、キリちゃんだってクラッとするやろ!?」

「しねーわ」


 確かに、モモちゃんの大好きなシキ先輩は顔が良い。少し垂れ眼の吊り眉で、人懐っこい笑顔でいつの間にかするりと人の懐に入り込む。

 初対面から「うさんくせえ」と思っていたコミュ障の私でさえ、時々彼のペースに巻き込まれて、なんやかんやと世話を焼かされてしまっている。

 でも私の恋愛対象は女性なので、いくら顔の良い男に迫られようがピクリとも食指が動かない。しかしモモちゃんは女友達なのか男友達なのか、どっちなんだろう。

 自分の考えに沈みかける私の頭上でモモちゃんが悔しがっている。


「ああ、昨日、バイトやったからなあ。うちがおらんもんでキリちゃんとこ行ったんやろなあ」

「いやいや、先輩、彼女いるでしょうが」

「彼女に風邪移したくなかったんやろ。やさしー、いちずー、そういうとこも好きー」

「待て、私はええんか」


 ついつい、彼の言葉につられて私も怪しげな関西弁のツッコミを入れる。一途で優しい男は彼女以外の女や男の所にふらふら行ったりはしない、はず。


「キリちゃんは小粒でも丈夫そうやもんなあ」

「小粒ってなんだ。一言余計だ」

「ああ、旅行楽しみやなあ。バイト頑張らな」

「聞けや」


 モモちゃんはうっとり目を細めて、もはやこっちの話を聞いていない。私は馬鹿馬鹿しくなって黙り込んだが、次のモモちゃんの台詞に耳を疑った。


「3人分の旅費ってどのくらいかかるんやろ」

「3人分???」

「うちと先輩と先輩の彼女」

「はあああああ???」


 てっきり先輩と2人で略奪愛の逃避行かと思っていたのだが、彼女込みで旅行、しかも全員分の旅費まで出すとは開いた口が塞がらない。


「アホか、モモ、あんたどんだけ先輩の事好きなの!?」

「うち、シキ先輩が幸せならそれでええの」

「………モモがそれでいいなら何も言わないけど。あんたこそちゃんと幸せになりなさいよ」

「ありがとね~。そんなこと言ってくれるのキリちゃんだけやわ。大好きよ~!」


 モモちゃんは小動物でも撫でるように私の頭をぐりぐり撫で、頬に派手な音を立ててキスをした。こんな大学の構内で、とか、人目があるのに、とかいうツッコミは無しだ。スキンシップの激しさは鬱陶しいがもう慣れた。


「あ、そろそろバイト行かなきゃ」


 モモちゃんは時計を見ると、完全に無の状態でされるがままだった私を放り出し、持っていた鞄の中からパッケージに包まれた黒いシャツを取り出した。

 パリパリと袋を破り、真新しい黒シャツにその場で着替え始める。自由だな。上半身もすべすべかよ。


「バイトって何?」

「年上のおねえさんとお話するお仕事。お給料いいんだ~」

「ふうん。私も出来る?」

「うーん、あんまオススメは出来ないけど。接客業よ?大丈夫?キリちゃんも需要あるかどうか今度聞いとくね」


 髪を手櫛で撫でつけたモモちゃんは、黒シャツの襟をチョイチョイと直して、爽やかな笑顔を私に向けた。

 一瞬でスイッチが切り替わったかのように、男性的な雰囲気になったモモちゃんに、私は無意識に後退る。


「じゃ、ちょっくらおねえさん達と遊んできますわ」

「いってらー」


 私は歩き去るモモちゃんの背中に手を振った。詳しい内容は聞けなかったけど、なんのバイトをしてるんだろう。

 そういや「暇を持て余した人妻は金持ってるし後腐れなくていい」と、前に話していたなとぼんやり思い出す。

 妙に世慣れた態度と、先輩に対する純情さが結びつかない。純情の基準て何?ってなる。彼女がいても全然相手にされなくても、相手がヒモ状態でも、全てにイエスと言える一途さはすごいと思うが、心配にもなる。


 モモちゃんはアホだけど、友達に幸せになって欲しい気持ちは本当だからね。

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