短夜一葉 ~みじかよひとは~

鳥尾巻

サラブレッド (ホラー)

 今日は月一の父親との面会日だった。

 俺が幼い頃に両親が離婚して、成人して家を出た姉と男親を鬱陶しがる思春期の妹は、とっくに会うのを辞めていたが、俺は予定が合えば時々会っていた。

 多少説教臭いところはあるが、男同士でしか話せないこともあるし、会えば何くれと気にかけて土産や小遣いをくれるので、それを期待する気持ちもなくはない。


 午前中に小一時間ばかりの面会の後、父親の車で送ってもらい、マンションの前に停まった。

 ふと、俺たちが住んでいる部屋の出窓を見上げた父が、ポツリと呟いた。


「誰かカーテンを開けてこっちを見てた。目が合った」

「……誰が?」

「暗くて顔はよく見えなかったけど、お母さんかお姉ちゃんじゃないか?おちびかな?」


 高校生になった末の妹のことを未だに「おちび」と呼ぶ父が少し面白かったが、それ以上に俺は戦慄していた。

 だって俺の部屋にあるその出窓はとうの昔に棚に改造して、漫画やフィギュアが所狭しと並べられ、日焼け防止の分厚いカーテンに仕切られていて、人が覗くスペースなどありはしないのだ。

 そう説明して、それに家族は夜更かしだから休みの日は午後まで誰も起きてこないと言うと、父の眉間が気難し気に寄った。


「休みだからって遅くまで寝てないで、ちゃんと学校に行く時間に起きないと生活リズムが狂うからダメだよ」

「はあ………」

「おちびにもちゃんと言っておきなさい」

「はあ……」


 俺は気の抜けた返事をしてしまった。「ええ?マジ?怖いね」などと共感してほしい訳ではなかったが、突っ込むところはそこなのか、と少し脱力した。さすが頑固オヤジ、ぶれない。


「ただいま」

「おかえりい」


 家に戻ると、母親がキッチンでのんびり珈琲を飲んでいた。どうしようか一瞬悩んだが、俺は疑問に思っていたことを母に聞いてみることにした。


「ねえ、お母さん、いま窓の外見てた?」

「いんや、さっき起きて珈琲淹れて飲んでた」

「だよねえ……ちなみにおちびは?」

「まだ寝てる」

「だよねえ」

「なに?なんかあった?」


 俺は先ほどの父親とのやり取りを母に話して聞かせた。すると何を思ったのか、母は唐突に笑い始めた。軽くパニックに陥った俺はビクビクして尋ねた。


「なになになに、怖い怖い、どうしたの?」

「…いや、お父さん、視える人だから」

「マジか」

「本人は認めたがらないけどね~」

「うう……」

「そこで説教しちゃうのがお父さんだよね」


 母は笑い過ぎて出た涙を拭きながら、また珈琲を一口飲んだ。

 

 俺はドッと疲れて部屋に戻った。問題の出窓を確認すると、締め切った分厚いカーテンが人一人分くらい開いている。個々を尊重する母は部屋に入ることはないし、妹はここ数日俺に寄り付きもしないので、彼女たちが開けたとは考えにくい。


「そういえば最近、家の中がうるさいと思ってたのよね」


 なんでもないことのように話す母の声が耳に蘇った。


 母も「何か」を察知する能力があるのだということを思い出して、俺は目の端をよぎった「何か」の影を全力で無視することに決めた。

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