運命の女(恋愛・ミステリー)

 運命の女に出会った。


 婚活パーティーで知り合った私たちは、すぐに意気投合して、連絡先を交換した。

 あなたの軽やかに笑う声、控えめな仕草、楚々とした色香漂う美しさに、周りの男たちは一斉に色めき立って、我も我もとアピールしたけれど、そんな視線や誘いはものともせずに私を選んでくれた。


 あなたに選ばれた私は誇らしかった。何度かデートを重ね、話をしてみれば、驚くほど趣味が合い、将来のビジョンや金銭的な価値観もぴったりだった。家に招かれて振舞われた手作りの食事は完全に私の胃袋を掴んだ。

 こんな女性にはもう二度と巡り会えない。あなたの望むような夫となり、父となり、一生共にあって家庭を大切にしていきたいと願った。


 式場は海が見えるチャペルで、親戚と仲の良い友人を招いてこじんまりとした式をあげよう。子供は2人がいいね、どちらが生まれても素敵だけど、できればあなたに似た女の子と、私に似た男の子がいい。年を取ったら2人だけで残りの人生を楽しもう。

 そんな話を2人でしながら、毎日が夢の様に楽しく過ぎていった。あの時までは。


 あなたの父親が経営する会社が経営不振に陥っていると聞いたのは、少ししてからだった。最初は話したがらなかったあなたに無理に聞き出したのは私だ。

「こんな私はあなたに相応しくない」と結婚を取り止めようとしたあなたに、私は今まで運用で増やしてきた財産を全て差し出した。それでも足りなくて、家や車を売り払ってあなたを援助した。

 あなたは私の手を握り締めて涙を流しながら礼を言ったが、翌日からふつりと連絡が途絶えた。


 私は必死であなたを探した。電話も繋がらず、住んでいた家に行ったがもう引っ越した後だった。借金取りに追われて逃げたのかもしれないと思った。私は会社も辞め、人伝ひとづてに聞いた噂を頼りにあちこち探し回った。


 夜の街で見つけたあなたは知らない男と腕を組んで楽しそうに歩いていた。私を見ると驚いた顔をして、すぐに駆け寄ってきてくれた。

「借金が返せなくて夜の商売をしているの。あなたに迷惑をかけたくなかったから何も告げずに去ってごめんなさい」

 そう言ってまた涙を流すあなたの瞳に映る私は、ボロボロでやつれ切っていたが、幸せそうに見えた。あなたにまた会えて嬉しい。ただそれだけだ。

 なんとかすると言って、新しい連絡先を聞いた。


 私に残されたものはもう何もない。差し出せるのはこの命だけだ。私は受取人を彼女にした生命保険に入っていた。

 一生を共にする願いは叶えられそうにないが、あとはここから落ちればいい。あなたの瞳がこれ以上涙に染まることがないように、私は目を閉じてビルの屋上から何もない空間に足を踏み出した。


もう何も心配はいらない――。


―――――


 最近巷を騒がせている複数の男性の自殺のニュースが街頭のテレビで流れていた。現場には遺書が残されていて、その全てに『彼女は運命の女性だ』と記されていたという。



―――――


【後】


ありがとうございました。


蛍のフォトゥリス属のメスは別種属のオスを狙って求愛の光を真似、完全に騙したところで捕食するそうです。(文字通り食べる)

必死にアピールしたオスは、フォトゥリス属の繁栄の餌にされてしまうのです。

蛍界の「ファム・ファタール(魔性の女、悪女、運命の女)」と呼ばれています。


残酷で合理的な自然の営みを人間に置き換えてみました。

実際そうも騙される人はいないでしょうが…。



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