第29話 エルフ王国の使者
ーー 領地対抗戦 1
ここ数年で領地対抗戦の競技種目や競い方が変わってきた。
より実践的で即戦力を得るための競技や研究がもてはやされているようだ。
僕たちの活躍もその一因になっているのかもしれないが、誰かの思惑を感じずにはいられない。
『本当にこの世界の女神は大丈夫なのか?』と思いつつ僕は競技別の選手選考の会議に参加した。
「今回はこのメンバーで臨みたいと思います。」
新しい寮長がそう言うと、黄色の寮の選手が決まった。
僕らの参加はしばらくないだろう、それぞれ自己の領地を視察に向かうことにした。
ーー それぞれの領地と赤の思い出。
赤の季節とは日本で言えば夏である。
海に山に涼を求めて皆が移動していた頃。
この世界でも避暑地という考えはあるそうで、北の地方または高地がそれに当たる。
そこでメンバーでお金を出し合い、避暑地に別荘を建てることにした。
メンバーの領地は何処もその運営が安定して高い税収を確保している。
1人金貨1000枚の負担金でも問題ないどころか、一回の大森林での狩でお釣りがきそうだ。
段取りは、クロニアル君に頼んで僕らはそれぞれの領地に向かった。
ダンジョンの領地、レリーナ、セリーナ男爵領。
私たちの領地は府達の領地の間にダンジョンが出来たことから、ダンジョンの街として発展している。
もう3年目のなるため、順調に発展している。
問題はないようだ。
「新しい別荘どんな感じになるのかな?」
「やっぱり、エストニア様の設計なら凄そうよね。」
などと話しながら、それぞれの領主代行以下家臣に臨時ボーナスとお休みを言い渡した。
マッケンジー子爵及びミリア男爵領。
僕達の領地は婚約したために、ほとんど同じ領地として開発している。
この方が無駄もなく効率的なのだ。
当然家臣団も2人で採用して僕の名前で契約している。
農地の復活は驚くほどの食糧生産性を上げており、数年分食料備蓄ができている。
さらに温泉開発で多くの人が集まる状況は今でも変わらず、10年の王国への納税が免除されているのので、領民にも同じことを伝えている。
今2人の会話の中心は、避暑地の別荘の話だ。
「どんな別荘だと思う?」
ミリアが聞く
「うんーン。やっぱり予想外というか想像以上のもののような気がするな。」
と答えるマッケンジーだった。
クロニアル子爵は、みんなの期待を受けて今交渉中だ。
「これが建物の設計図だ。場所の候補はこの条件を兼ねた場所で、広さはこれくらい欲しい。」
と言うと商談相手の商会長が
「これであれば・・・金貨3000枚ではきかないと思いますが、ご予算は如何程で。」
と切り出す商会長に、どんと金貨の袋を取り出し。
「ここに6000枚ある。これはエストニア伯爵が直々に設計した別荘だ。突貫工事で頼む。」
と言うと、金貨6000枚とエストニア伯爵という名前に商会長は、やる気を見せて。
「私の商会で扱わせてもらいます。是非エストニア伯爵様には、1ヶ月で作り上げるとお伝えください。」
と言って商談は終わった。
その頃僕はと言うと。
お父様の依頼で、旧スミス共和国を上空から確認していた。
お父様が言うのに
「今あそこは、聖皇国とトーラル王国の両者が覇権を巡って、争っておるそうだ。出来ればトーラル王国が優勢な形で終わって欲しいと我が王国は考えている。」
そこでお父様様は話を終えた。後は感じ取って動けと言うことだ。
「分かりました覗いてきます。」
と答えると僕はシロを連れて、西部大森林に転移した後、空を飛んで向かった。
2日目の昼に王都があったと思われる、廃墟が建ち並ぶ都の跡を見つけた。
大型の魔物が破壊し、その後軍隊がここで戦ったのだろう。
「もうここは都の跡をとは言えないほど壊されている。クレアリーナに見せなくてよかった。」
と言いながら僕は、両軍の状況を認識阻害のコートを着込んで観察始めた。
「総司祭様がまだかと何度も言ってこられている、何とかならんのか!」
激しい口調で、部下を叱りつける指揮官がいた。
「こっちが聖皇国側だな、確かに人に優しくなさそうな感じがする。」
僕はそう呟きながらもう一つの軍隊の方に向かう。
「どうだ?避難民は食糧は行き渡っているか?無理はするなと言っとけよ。部下にも命をかけてまで守る土地ではないと念を押しとけよ。簡単にあの強欲な聖皇国にとらせなければそれでいい。」
とこちらの
指揮官はだいぶ人情派のようだ。
そこで困っているのかその後も隠れてみてると、王宮のあった小高い丘をどちらが取るかで争っているようだ。
僕はトーラル王国軍の指揮官の机にメモを忍ばせる。
[明日の朝早く、目的の丘を確保して見せるので兵を今夜のうちに引かせてください。〜エスト。]
と書いたメモだ。
信じるも信じないも僕は、実行するだけ。
次の日の朝早く。
僕は魔力を練り上げると丘の上から下に向けて魔法を発現させた。
「アブソリュート・ゼロ」
と唱えると、丘の上から下へと冷気が一気に駆け降りて、何もかもを凍らせてゆく。
気付けばお丘を中心に半径5kmが凍りついた。その外側に今度は炎の壁を内側に岩の壁を聳り立つような規模で、出現させた。
僕は最近かなり魔力が増えていたので、ここまで大規模な魔力行使でもなんとかできるようになっていた。
これに違う意味で驚いたのは両軍の指揮官だ。
僕は昨夜のうちに聖皇国側には、
「神の天罰が降る。」
と言う噂を流していたのだ。
「本当に女神に天罰が降った。戦争をしてはいけないと天啓を与えていたのに、我が聖皇国が攻め込んだのは間違いだったのだ。」
と敬虔な聖皇国軍の兵士たちは口々に言いながら、撤退を始めた。
それに驚いた指揮官は、兵士に戻れと叫ぶも従う者はおらず、都から撤退するしかなかった。
一方の指揮官はと言うと、
「これは何だ。王宮が突然氷に閉ざされたと思ったら、炎と岩の壁が立ち上がって・・もしうちの部隊もあそこの中にいたら。恐ろしい、これが人の行使する魔法というのか。」
指揮官は、撤退する聖皇国の兵を見ながら、メモに目を落とす。
「エストとは何だ?人の名前か?」
と呟いた。
ーー セガール王国 国王会議。
「この情報は正確なのか。」
セガール公爵が情報部の報告者に確認を取る。
「はい閣下。旧スミス共和国の宮廷があった丘の攻防戦は、聖皇国の撤退で決まりました。ただしそれに至った理由は不明ですが、信じられぬ現象が起こり聖皇国軍の兵が恐れを成して逃げ帰ったと。これ以上の情報はございません。」
と答えると。
ケンドール公爵が
「異常現象のことは良い。トータル王国が主権を握ったのであれば、我が王国としても問題ない。」
と答えた。
するとセガール公爵が
「ケンドールよ、異常現象は彫っておいて良いものと考える理由を教えてもらいたいのだが。」
と詰め寄るように聞くので
「我が息子エストニア伯爵が、魔法で周囲5kmを凍らせその周りに炎と岩壁を作ったそうだ。まだ暫くはそのままだろうと言うことで、その間に聖皇国とトータル王国の話し合いが終わるだろうと言っておった。」
と答えると、サンドール侯爵が笑いながら
「それはいい気味だ。さぞ聖皇国軍の者達は恐れ慄いたのであろう。」
と言った。
国王も
「してこの事は両軍とも真実を知らぬと言う事で良いのか?」
と聞くのにケンドール公爵が肯定の頷きをして見せた。
「ではこれで旧スミス共和国の件は終了じゃ。現在進行中の我が王国の富国強兵の進行状況はどうじゃ。」
と、国王が問うのにそれぞれから明るい回答が行われた。
「分かった。この後も気を抜かぬよう頼むぞ。」
と言う言葉で会議は終了した。
それぞれが席を立つ中、国王がケンドール公爵に
「しばし待て」
と呼び止めた。
「其方への話は簡単じゃ。お主の息子は人か?」
ケンドール公爵は国王の身を見ながら
「確かに国王の疑問も理解できます。しかしエストニアは確かに私の息子で、人の子に間違いありません。」
と言い切った。
「分かった。ただ利用されぬようにお主が気をつけてやるのだぞ。」
と言って席を立つ国王。
ーー 学園生活
領地対抗戦も終わり、学園は一時の平和を謳歌しているようだった。
今年の結果は
第一位〜黄色
第二位〜赤色
第三位〜白色
第四位〜青色
であり、暫くはこの10番が続きそうと言うのが教師の見立てだった。
そして白の休みが近づいてきた。
ーー 白の休みとエルフの使者。
ここは中央第森林の中の隠れ里。
周囲20kmを強力な結界と認識阻害の魔法具で囲われた、エルフの里である。
1年ほど前に不当に拐われた我が一族の子供、10人が郷に戻ってきた。
セガール王国軍の兵士が森の途中まで送り届けたのを、見張のエルフが保護して連れ帰ったのだ。
連絡は、人族に住む里抜けのエルフからの情報だった。
「あ奴は元々この国の王となるべき存在であったのだが・・女神の悪戯で。
帰らぬ者のことを言っても詮無い事。しかし此度の事はしっかり挨拶だけはしておこうか。」
とエルフの現国王が呟く。
「使者を立てよ、此度はその方の娘が良かろう。」
と国王は側近の1人に命じた。
「はっ。承りました。」
と側近は言うと下がっていった。
◇
白の休みが始まって3日目。
「国王様、エルフの国王の使者が来ております。」
と言う言葉から、セガール王国とエルフの交流が始まる。
王国会議。
「それでエルフは何と。」
気になっていた重鎮の1人、セガール公爵が国王に尋ねる。
「昨年の事件で、保護したエルフの子供が無事に郷に帰ったようだ。それでお礼にとエルフ産の品物を使者付きで送ってきたのじゃ。大変良い事じゃ。」
とご機嫌の国王。
この世界におけるエルフ国王の威厳は非常に高く、エルフ産の品物も高価で貴重なものとして扱われているのだ。
「して使者殿は何処に。既におかえりでしょうか?」
と、さらに尋ねる公爵に
「何でもケンドール公爵が保護しておるエルフの元を訪ねたいと言うことで、暫くは公爵邸に滞在するそうじゃ。」
と言う答えに、追加する形でケンドール公爵が
「確かに昨日から我が屋敷で、侍女見習いをしておりますエルフに少女に会いにきておりますが、その要件までは知りもうさぬ。」
と答えたた。
ーー ケンドール公爵邸。
エルフの使者の名は
ノルエイティ=セカージュ
と言い、侍女で働く シルエイティの実の姉のようだ。
「妹よ、話は里の子から聞いた。そしてその目的は果たされそうなのか?」
「はい。お姉様、エルフの里の件についてご尽力くださると確約を先日得ました。その日まで私はあの方の側にいます。・・・きっとその後も。」
最後の言葉は姉には聞こえていないようだった。
エルフの使者は、
「暫くご厄介になります。」
言うと公爵邸に居着いた。
ノルエイティ side
私はこの度、国王の使者として人の国に来てみたが、今まで聞いていたこととあまりにも違うことに戸惑っている。
この世界でエルフといえば、最も文化的にも人としても位が高いと自負していた。
しかしこの人の国に来てからというもの、その認識が大きく崩れ始めている。
先ず食べ物から、この家の食べ物はどれをとってもエルフ王国で食べるどの食事よりも美味しいのだ。
そしてこの家の品々、快適な空調設備と眠りから2度と覚めないのではと思える寝具。
身体が蕩けるようなお風呂とコスメというもの。
どれをとってもエルフでは未だ手の届いていないレベル。信じられぬ。
しかし妹の話を聞いても間違いないようだ。
使者の大役で来ていなければ、私が妹に代わってここにいたい程だ。
今日は目的のエストニア様にお会いできると、妹に聞いている。
どのようなお方かこの目で確かめたい。
◇
晩餐会。
私のためにエストニア様が、晩餐会を催してくださるようだ。
妹も参加のようで、ここで作ってもらったというドレスを着ている。
「私より綺麗なのが気に食わないが、体つきは同じなので貰って帰ろう。」
と独り言を言いながら席に着くと。
年若い青年が
「初めまして。私はこの家の長男エストニアと言います。これは妹のクレアリーナです。使者様には何かとご不便をおかけすると思いますが心ゆくまでご滞在ください。」
と連れている少女の紹介もしてくれた。
私もそれに対して、エルフ流の挨拶を返すと晩餐会が始まった。
「真にこの料理はエストニア様が考案されたものですか?」
私は両手に取り皿を持ち、思わず聞かずにはいられなかった。
それほど美味いのだ。
この料理だけでエルフが陥落しそおなほど。
夢のような晩餐会が終わったが、その翌日から。
「私がこの国で生活するためのご洋服を準備したいと思います。お手数でしょうが私と服屋へ行きませんか?」
と公爵夫人に声をかけられた。
妹のような素敵な洋服を私のために、ニヤける顔を押しとどめながら
「そうですな、これも経験と思いご同行いたしましょう。」
と答えたのだった。
それから数日間は、私は雲の上にいや世界樹の上にいるような気持ちで過ごしておりました。
『まだ帰らぬ。そうまだ調査は終わっておらぬのだ。』
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