第6話
「……っ!」
気づいたとき俺は李さんの背中の上だった。
「おうボウズ! 目ぇ覚ましたか」
頭に鳴り響いていた金属音は消え、視界の歪みもなかった。
「なんか、すみません。お世話をお掛けしました」
「疲労が溜まってたんだろうよ。もう少し寝てな」
この人の背中すごい安定感。筋肉質で少し硬いが野宿と比べれば訳ない。ここはお言葉に甘えてもう少し寝るとするか。
「真央君大丈夫!? あと少しで着くからもう少しの辛抱……」
「財前、あんまり騒ぐなよ。見た感じただの疲労だって言ったろ」
「でも、でも」
「ハッハッハ。財前は随分とボウズにお熱のようだな」
「ちがっ。んんっ、仲間を心配するのは当然のことだろう? 取り合えず今日はここら辺で休憩にしよう」
「だそうだ。歩けるか?」
「はい。財前君も心配してくれてありがとう。俺はどんくらい寝てたんだ?」
「丸一日くらいかな。行きはかなりハイペースだったし仕方ないよ。あと少しだから頑張ろう」
あと少しと言いつつもう一晩地下での野宿をすることになった。財前くんの言っていた通り随分と回り道のようだ。丸一日眠ってしまっていたせいか中々寝付けなかった。見ると少し遠くのほうで明かりがともっている。俺と同じように眠れない人もいるのだろうか。話し相手が欲しかったので近くによってみる。
「……財前君」
「あぁ、真央君か。どうしたの?」
「寝付けなくてさ」
「本当はちゃんと寝た方がいいんだけど。話し相手なら付き合うよ」
「自分のことについて語れることは無いから聞く側に回るんだけどさ。どうして園田さんは使用人なんてやってたんだ? そんな柄じゃないだろうに」
「あーその話ね。この前は途中で切っちゃったしね。少し長くなるけど……彼とは昔河川敷で出会ったんだよ」
こうして、暗い夜に一つ会話の花を咲かせた。
10年ほど前のある日、僕は突然の豪雨で橋の下で雨宿りしてたんだ。今考えると雨の日に河川敷なんて危ないってすぐわかるんだけどね。家族内で揉め事があって僕はどうしても家には帰りたくなかったんだ。そんな時一緒に橋の下で雨宿りしていたのが当時高校生だった園田さんだ。
「よう、ガキンチョがこんな大雨の中何してんだ?」
「……ガキじゃない」
「そうかい……んで親御さんは?」
その時から彼はお節介でね。僕が一人で土砂降りの中雨宿りしてたから心配してくれていたんだ。でも、開口一番ガキンチョなんて言われた僕は変な意地を張って最初は話に乗ろうともしなかった。
それでも話しかけ続けてくる園田さんに根負けして少しずつ自分の置かれている状況について話し始めたんだ。
「なるほどな。両親がなぁ……」
当時両親が僕への教育方針の考えに行き違いがあって家の雰囲気は正直最悪だった。僕なんかがいなければ……なんて風に考えてしまうほどね。そんな僕に園田さんは家に来るように勧めてくれたんだ。そんなに居心地が悪いならうちに来いってね。僕はあの言葉に救われたんだ。
園田さん家は基本的に漁で生計を立てていたからお父さんは朝早くに家を出て行き夜遅くに帰って来ていたんだ。お母さんは病弱で基本的に寝室で寝てることが多かった。園田さんはお父さんの仕事の手伝いをしていたから、僕はその間のお母さんの看病を条件にしばらく園田さんの家に住まわせてもらってた。
結局1ヶ月くらいかな。住まわせてくれてる園田さんとその両親のために学校も行かずにひたすら看病をし続けていたんだけど。うちの父が
園田さん家に押し掛けてきてさ恩を仇で返すまいと迷惑をかける前に大人しく自分の家に帰ったんだ。
両親には勿論叱られたけどそれ以上に謝ってもくれた。自分たちの意見ばかりを気にして大切なものを見失っていたってね。結局、些細な行き違いが今回の発端だったんだ。だから、僕はもっと正直に自分の意見を伝えようと思った。
一通り話を聞いた感じだと大団円だが、肝心の園田さんが使用人になった理由を聞けていない。
「この話にはまだ続きがあって……」
それから1年後、あの日と同じような急な豪雨に見舞われた。連絡先も交換してなかったから僕たちを繋ぐのはこの雨宿りの橋だけだった。何度もそういう日はあったけど、今日は会えるそんな直感に賭けて僕は橋の下まで走ったんだ。そしたら幸運な事に園田さんに会うことが出来た。でも、この前会った時とは明らかに様子が違った。どちらかと言えばそう1年前の僕と似たような表情をしていた。
「よう……今日、学校は?」
「……さぁ?」
「サボりか」
「そっちこそ」
「ははっ……俺学校辞めたんだよ」
「どうして……」
「……父ちゃん船の事故で死んじまった」
突然吹いた風によって僕達はびしょびしょになってしまったけど、それすらも凌駕するほど園田さんの目からは涙が溢れていた。
この一言を聞けばその先の展開は想像するに難くない。父親が亡くなって遺された病弱な母親と高校生の子供。母親を養うために子供が学校を辞めて働くのは自明の理だろう。
「そう、だったんだ」
僕も直接園田さんのお父さんと会うことは少なかったけど、それでも思うところが無かった訳では無い。ただこの場でかける言葉は彼の絶望に対してはどれも陳腐な物に成り下がってしまう。僕は一言そういうことしか出来なかった。
「こう見えても俺、学校では色んな事を率先してやっていたんだぜ?
でも、幾ら学級委員としてクラスを纏めようと、幾ら文化祭を成功させようと、そんな経験、大人の世界では何の価値にもならなかった」
「……」
「結局何もないんだ俺自身には。母ちゃんを養っていく力すら……」
何か僕に力になれることは無いかと必死に探した時あるアイデアが浮かんだ。
「じゃあさ、うちの使用人になってみる気は無い?」
「……は?」
「こう見えて僕お金持ちのボンボンだからさ」
「ははっ、知ってるっつーの。皮肉かよ」
「給料は今貰ってる額の3倍出すし、2部屋用意しよう。住み込みなら家賃光熱費水道代諸々タダだ。更に君のお母さんにはかかりつけ医を」
「……ッ……クッ。そんな上手い話俺になんかあって良いのかな」
「何を言ってるんだ! 君だからこの話を持ち出したんだ。君以外にこの仕事をやる権利なんてないさ!」
「……ありがとう。本当にありがとう」
「お礼は良いよ。どう、僕に永久就職する?」
「あぁ、勿論」
「何か1年前と真逆だ」
「確かにな」
こうして園田さんは僕の使用人になったのでした。おしまい。
「そんな過去が……」
「縁って不思議なもんだよねぇ。さて、そろそろ寝ようか明日も早い」
こうして俺たちは月が高く登った頃ようやく寝ることになった。
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