第5話
「財前くん!」
「話は後で、今はここから出る準備を」
建物内に入ると一目散に駆け寄ってくる。建物自体は少し小さめだろうか、財前くんがそれぞれ指示を出し移動の準備は直ぐに終わった。
帰りの道は行きとは違い地下通路を通る事となった。
「なぁ財前くん」
「ん? どうしたの」
「こんな通路があるなら行きも使えばよかったんじゃ」
「あぁ、こんな道があったって事を今思い出したんだよね」
「えぇ……道は全て覚えてるって豪語してたのに」
「地下は結構大回りだからね。失念してた」
地上と比べ暑さは無いが景色が変わらないのと時間がイマイチよく分からないせいで歩いている時間が長く感じる。
「そろそろいい時間かな。よし休憩しよう」
それぞれから大きなため息が漏れた。周りの人を見ると誰もが俺を訝しげに見ている。
「財前。この少年は誰だ?」
髭の伸びた軍人みたいな男がたまらず話を切り出した。
「彼は真央くん。李さんたちが遠征に行って暫くしてから彼を保護したんだ」
「ほう。して、何故ここに?」
「僕の身を案じてここまで付き添いで来てくれたんだよ」
「財前の? 付き添い……ガハハッ」
「すみません。こんなヒョロガリで」
「ン? ああいや、君が力不足という訳では無い。そもそも我々の救出すら財前には役不足というもの。わざわざ人員を追加するとは思わなんだ」
「はぁ。財前くんって強いんですね」
「そりゃあもう。この間なんて……むご」
「はい。その辺で!」
財前君より二回りくらい幅の広い男に関節極まってる。これだけで割と説明不要な気がするんだけど。こう見ると財前君って割と細身だよな。余分な肉のついていないスラっとした体をしている。
「無駄話はその辺で、もっと生産性のある話をするのにゃ」
……にゃ?
「……」
「なんなのにゃ? 今どき語尾ににゃなんてクソあざといキャラ誰も萌えんだろとか思ってんのか?」
「いや、そこまでは思ってないけど」
「みゃーだって外せるならとっとと外したいんだがにゃ」
語尾を縛られる呪いか何かでもかかっているのだろうか。
「あー。その罰ゲームまだちゃんと守ってるんだ! 律儀だねぇ」
「んにゃ!? 今、ちょっと忘れてたにゃ?」
「あはは。だってその約束したのもう4、5年前じゃない?」
聞けばこの特徴のある語尾は昔財前くんとの賭けに負けた時の罰ゲームだったらしい。
「みゃーの苗字が猫田だからって語尾に一生にゃを付ける罰ゲームとか酷だにゃ」
「にゃが嫌ならミャウとかでも良いよ」
「今更、外国の発音なんかに直せねーのにゃ!」
「そういや、あの時に渡したカチューシャと尻尾はどうしたの?」
「あ……いや……この前の襲撃の時に壊れちゃったのにゃ。すまんにゃ」
「ってことは一応ずっと付けてたのか。実はこんなこともあろうかと予備の耳と尻尾持ってきてるんだよね」
「どんなこと予測してんのにゃ……」
語尾が特徴的な女の子はおとなしく貰った耳と尻尾をそれぞれ装着した。なんだかんだ気に入ってるのかもしれない。それからも会話が続きそれぞれと自己紹介を済ませその日は寝ることになった。
次の日暗い地下水道の中、財前君が持って来ていた目覚ましの音が鳴り響く。朝だか夜だかの判断はつかないが俺たちは帰宅のために足を進める。人がたくさんいることや行きほどの重い空気では無かった為会話には不思議と困らなかった。
「ねぇ、猫田さん」
「なんにゃ?」
「財前君と賭けをしたって言ってたけどどんな内容だったの」
「チェスにゃ。自分で言うのも何だけどその時みゃーは結構強かったのにゃ。無敗の美弥ちゃんなんて呼ばれてチヤホヤされてたんだけどにゃ」
昔を懐かしむようにコロコロと笑う。
「でも、晶には勝てなかったのにゃ……。しかも、毎回余裕そうに勝つんだにゃ。何度も挑んでたら見るに堪えなかったのかわざと負けたりなんかしてにゃ……」
「わざと負けてるつもりは無かったんだけど」
「うるせぇ! 負けてもぜんっぜん悔しがってなかったくせに!」
「あはは……」
「とにかく、あの時のみゃーにはチェスが全てだったのにゃ。真剣勝負をしたかった私は何か賭けてやれば晶も本気になってくれると思ったのにゃ」
「財前君は猫田さんに猫っぽく振る舞うように言ったけど猫田さん自身は何を条件にしたの?」
「……何だったかにゃ。何せ賭けをすることに重きを置いていたからその後のことは考えてなかった気がするにゃ」
確かに自分自身に圧倒的に自信があることがあったとして、それを軽々と超える実力者がいたら悔しいと思う。俺にもそんな風に思える何かが昔はあったのかな。
「……!? いって」
そんなことを考えていたら急に頭の奥から金属音が鳴り響く。ろくに運動もしてなかったのにここ何日か歩きっぱなしだったせいか疲労が溜まったのか……な。
そんな考えをしたのもつかの間、俺の視界は徐々に歪み……。プツンと意識が途切れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます