第八章 ~ 蛍の光 ~

雄紀は自分が、何でその男の人に本当のことを話しているのか解らなかった。

もしかしたら、その男の人の、ゆっくりと余裕のある催眠療法でもしているかのような穏やかな声と話し方のせいかも知れない。自分自身が、そこまで一杯一杯な精神状態なのかも知れない。


いずれにしても、雄紀は自分らしくない気がした。


「やっぱり、そうなんだ!」


男の人は、嬉しそうに自分の右ひざを右手で、パチッと叩きながら言った。


雄紀は、自分が本当は、"雄紀"と言う名前な事。元の世界では遺伝子の研究をしていたこと。橋から飛び降りて、この世界に来たことや教会で石に触ったこと等を話した。橋から飛び降りるに至った経緯は話さなかった。必要が無いと思ったのと、隠しておきたいと思ったからだった。


「おばさんから、この世界に光る人が出来た経緯は聞いたのですが、どうして遺伝するのかご存じないですか?」


「ふ~ん。知りたいかい?君は、遺伝子の研究をしているんだったね。」


ちょっと、もったいぶりながら、男の人は話し始めた。


「蛍の光の色素が、まるで優性遺伝の様な理由を知りたいんだね。昔はね、蛍の光を当時の知識や機材では化学式や化学反応でしか表すことが出来なかったんだがね。最近の研究では、酸素に反応する、その酵素の正体が生物だという事が分かったんだ。ウイルスだよ。そのウイルスは、RNAがDNAをコピーする時にその遺伝子の羅列の間に入り込めるくらい小さなウイルス何だよ。要するに、遺伝しているわけではなくて、細胞分裂をする時に、その核の中に入り込んで広がっているんだ。」


「そのウイルスに対して予防法は無いのですか?」


「今のところはね。細胞内から水素分子が無くならない限り無理だね。」


「ウイルスを退治する方法は無いのですか?」


「どうなんだろうね。あるかも知れないけれど。研究にはお金が要る。国が、そんな研究に財源をさくと思うかい?それに、」


「そんな研究始めたら、連れてかれちまうよ。」


おばさんが、おじさんと雄紀の会話を遮るように言った。


「今日は、その話はそこまで。」


おばさんは、急に壁の方に固い視線を向けながら言った。


おばさんと、おじさんは黙り込んでしまった。


しばらくして、


「そうだ。お腹空かないかい?この人が食べ物を持って来てくれたんだ。」


おばさんと、おじさんは奥の部屋に行き、紙袋を持ってきた。


「君の世界にはあるのか分からないが、この世界の食べ物だ。」


おじさんは、楽しそうに、紙袋を開けて中から何か取り出すおばさんの手元を見ていた。。


『フライドチキン!?』


雄紀は思った。


「鶏のから揚げだ。」


おじさんは自慢そうに言いながら、ドラムスティックを一本、雄紀に手渡した。

雄紀は一口かじった。


「どうだ、上手いだろ。私らには手が出せないけど、この辺では人気のから揚げ屋さんのから揚げだ。」


確かに、パリパリの皮にかじりついたところから肉汁があふれて、スパイスと新鮮な鶏肉の香りが口に充満した。

しかし、雄紀に取って、それは記憶のどこかに存在する、懐かしい味だった。そう言えば、おばさんが毎朝くれるパンケーキも元の世界で食べたことのある味だ。


鶏肉のから揚げとコールスローをおじさんと、おばさんと雄紀との3人でたわいない話をしながら食べた後、おじさんは帰って行った。しばらくしておばさんも何処かに出かけて行った。


そう言えば、おじさんの名前を聞いていない。


「ま、いっか。」


雄紀は、思った。


「そう言えば、おばさんの名前も聞いていない。」


どうでも良いことなのかも知れない。

しかし、ふと、雄紀の心に、とてつも無い不安が再び押し寄せて来た。


おばさんは何処に出かけたのだろうか。もしかしたら、おじさんは光らない人で、おばさんは光る人だから、一緒にいるところを見つかると、良くないので時間を置いて実は、今、二人とも同じところに居るのかも知れない。

あの二人は、どう言う関係なんだろう。

もしかしたら、おじさんと、おばさんは、この世界のテロリストなのかも知れない。雄紀を何か大それた存在だと思い込んでいて、何かに利用するつもりかも知れない。


雄紀は、おじさんと、おばさんについて、様々な想像を巡らせて、疲れて、いつの間にか眠りについた。

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