第21話 雷人化

「あ、あなた達、どうしてここへ……?」


 絶体絶命の危機に現れたスレイプとライルの二人へ、フィエラは問い掛ける。


 それに対し、スレイプはフィエラの体を地面に下ろしながら答えた。


「簡単な話さ。パーティーで起こったあの事件、どう考えてもコーデリア家の内部犯の仕業だった。にも関わらず、コーデリア家はあまり積極的に動く様子がなかったから、これは当主が怪しいだろうと踏んで調査していたんだ。そんな時、彼に会ってね」


 スレイプの向ける視線の先では、テノアを抱いたライルが魔力を高めている。


 あまりにも多すぎるそれは、ともすれば暴走しているかのようにも見えるが……そうではない。


 怒りに染まった瞳の中にも、今自らのすべきことを見極めんとする理性的な光が残されていた。


「コーデリア家の人間が、何かよからぬことを企んでいる可能性がある。そんな話をしたら、彼は妹が危ないと言い出して……見張りを物理的に押し退けて、ここへ突入してきたんだ。証拠もなしにそれはマズイって言ったんだけどね」


「…………」


 いや、やはり暴走しているのかもしれない。そうフィエラは思ったが、口には出さなかった。

 少なくとも、彼の後先考えない行動のお陰で、ほんのひと欠片でも希望が残ったのだから。


「答えろよ!! テノアに何をしたんだ!!」


「その娘には、尊い犠牲になって貰おうというだけだ。私の目的のため……悪魔召喚の生け贄としてな」


 ヨーグの口から、再度説明がなされる。

 それを聞くや、ライルが纏っていた怒りの魔力がスッと落ち着きを見せた。


「……そうか」


 動かないテノアを抱いたまま、ライルはフィエラの下へ歩いてくる。

 魔力の刃が刺さったままの痛々しい妹の体をフィエラに託した。


「俺の力じゃ、この剣は抜けない。無理に抜くと、テノアが死んでしまうから……だから、テノアが力尽きる前に、あいつらを倒してくる。それまで、フィエラ様の魔力で少しでもテノアを延命させてください。お願いします」


 まるで倒すことは既に決定事項であるかのように、ライルは語る。


 相手は、Aランクに匹敵する辺境伯家当主に、それすらも上回る化け物が一人。いくらスレイプがいても、二人同時に相手するのは厳しいと言わざるを得ない状況だ。


 それなのに……ライルの言葉は、まるで一人でもそれをやってみせると言わんばかりだ。


「分かりましたわ……テノアさんのために、私も全力を尽くします。もう、私は大切な人を失いたくありませんもの」


「それを聞けて、安心しました」


 そう言って、ライルはスレイプと並んでヨーグ達と対峙する。

 そんな彼に、スレイプは短く問い掛けた。


「やれるのか?」


「テノアの敵は俺が倒す。何人相手でも関係ない」


「おいおい、あまり無茶を言うな。それに、そんな時間もないだろう。俺がデーモン、君が当主だ。分かったな?」


「……分かったよ」


 作戦とも言えない作戦会議を終え、スレイプもまた己の得物を構え直す。


 そんな二人に、ヨーグは嘲笑を浮かべた。


「いくらグレイグの息子とはいえ、こんな若造に私の相手が務まると思われたなら心外だな。まあ、儀式の完遂までは遊んでやる──」


「うるさい、さっさと死ね」


 ヨーグが剣の柄に手をかける刹那の間に、ライルはその懐に飛び込んでいた。


 雷光一閃。バチリと火花を散らす神速の刃が、必殺の意思を込めて喉元へ伸びる。


「うおぉぉぉぉ!?」


 迫り来る死の気配に絶叫しながら、ヨーグはギリギリのところで防御が間に合い、ライルの一撃を剣で防ぐ。


 が……そのあまりにも強い力を抑えきれず、大きく後方へ吹き飛んだ。


「がはっ!? ぐ、うっ……!?」


 壁に激突し、痛みに呻く。

 だが、それで思考を止めるわけにはいかない。次の瞬間には既に、ライルが眼前で刃を構えていたからだ。


 慌ててそれを防ぐも、剣もろとも両断されてしまいそうな威力を前に冷や汗が止まらない。


「ぐうぅぅぅ!! ライル・アーランド……そのスキル、まさか《雷人化》か!? Aランク以上の英雄しか習得出来ない最強クラスのスキルを、なぜお前のような子供が……!!」


 雷人化──己の肉体を雷と化し、光速での二点間移動と身体能力の圧倒的上昇を起こす、時限式の強化スキルだ。


 発動しているだけで大量の魔力を消耗し続けるため、長期戦には向かないが……ごく短時間の戦闘においては、無双の力をその身に宿す。


「なぜって、そんなの決まってるだろうが。俺は家族を……テノアを今度こそ守るって、そのために強くなったんだ!! それ、なのに……!!」


 ギリリと、ライルは歯を食い縛る。


 妹を守れる、立派な騎士になりたかった。

 ただの憧れに近かったその思いは、テノアがゴブリンに拐われた一件で"誓い"となり、ごく短期間でライルの中に眠っていた素質を大きく開花させるに至っている。


 だが、それでも足りなかったと、今まさに死にかけているテノアを見てライルは叫ぶ。


「早く、テノアを解放しろ。今の俺に、あんたを殺さず無力化するほどの余裕はないぞ!!」


「ぐっ……!?」


 ヨーグの体がボールのように跳ね回り、壁を砕いては雷と化したライルが追撃する。


 その斬撃はシンプルな威力の高さに加えて雷の属性まで帯びており、剣で防いでも着実にダメージは蓄積していく。


 距離を取ろうにも速度で大きく突き放された現状、ただ嬲られるままに任せて時間を稼ぐしかない。


(そうだ、時間……時間を稼げばいい! 私の目的は儀式の完遂、それさえ果たせれば後はどうにでもなる!)


 確かに、ライルの力は予想を遥かに超えて凄まじい。スレイプと協力すれば、あるいはジャヒィにも届くかもしれない。


 だが、悪魔の力は文字通り次元が違う。

 その召喚を果たせれば、相手が誰であろうが勝ちが決定する以上、それまで耐えるだけでいい。それなら勝算は十分だと、スキルによる守りを固めていく。


(それに、スキルは凄まじくともやはり子供だな、経験が足りていない。動きがなんとも読みやすいことだ)


 ライルの攻撃は、光速での移動を用いながら行われているにしては、先ほどから一度もヨーグの体を捉えられていなかった。


 やはり大した相手ではないと、徐々に冷静さを取り戻した何度目かの交錯。激しくぶつかり合う剣の先で、ライルが口を開く。


「耐えてれば勝てると思ってるなら、悪いけど……もう終わりだよ」


 何を、と、問う暇もない。

 ピシリと音を立てて、ヨーグの持つ剣に亀裂が走った。


「バカな、コーデリア家に伝わる宝剣が……まさか、戦闘が始まってからずっと、同じところを狙って負荷を……!?」


 立ち回りも何もない。己のスピードとセンスを活かした、針の穴を通すような精密な正面突破。


 未だに、自分が相手を舐めてかかっていたという事実に気付き愕然とするヨーグだったが、もう遅かった。


「くたばれ……!! 《サンダーフォール》!!」


 パキン、と砕けた剣の先に切っ先を向け、ライル自身の体を完全な雷と成す。


 一筋の落雷が地下で発生し、ヨーグの体を容赦なく刺し貫くのだった。

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