第18話 子供達の交流
コーデリア家の医務室で一晩を明かした私は、ついにアーランド領へ帰る……前に、フィエラ様の招待で子供達だけのお茶会を開くことになった。
なんでも、今日の夕方頃にコーデリア領で有名なお医者さんが私を診てくれることになったらしくて、それまでの時間潰しなんだとか。
私の知らない間に、私のお父様とフィエラ様のお父様との間で、そういう感じに話が纏まっていたらしいけど……お父様、私聞いてませんよ!
まあ、お友達とお茶会するのは普通に大歓迎なので、別に良いんですけどね!
それに、槍をお茶会の場に持ち込むのも、特に頼むまでもなくオーケーしてくれたし。
いや、みんなが思っているみたいに、槍が精神安定に寄与しているとかそういうんじゃないけど、やっぱりあんな事件があった直後だと、武器は常に傍らにないと不安だ。
「どうかしら、テノアさん。お口に合うと良いのだけれど」
「とーっても美味しいです! こんな美味しいお菓子、初めて食べました!」
色とりどりの花々が綺麗に咲き乱れ、噴水の音が耳に心地好いコーデリア家の庭園。
白いテーブルを挟んで、右手側にフィエラ様、左手側にお兄様が参加してのお茶会にて、私は目の前のクッキーをぽりぽりと齧る。
いや本当に、これすっごく美味しい!
なんていうか、こう……とにかく美味しい!!
「テノア、そんなに一気に食べると喉に詰まるぞ? ほら、顔に食べかすまでつけて……」
「んむむぅ……!」
お兄様にハンカチで口元を拭かれ、さすがに恥ずかしくて顔を逸らす。
でも、お兄様はそんな私を逃がさないように押さえて、強引に拭き始めた。
「ふふ、兄妹仲がよろしいんですのね」
そんな私達のやり取りを見て、フィエラ様はくすくすと笑う。
益々恥ずかしくなる私と違って、お兄様はなぜか自慢気だ。
「当然です、俺の自慢の妹ですから」
「お兄様……こういう時は私じゃなくてフィエラ様を褒めるところですよぉ……」
一応、この場はフィエラ様が招待してくれた私的な場だけど、それでも私達アーランド家の、上役とも言うべき家でのお茶会だ。
もう少しこう、お兄様はフィエラ様を構うべきだと思います!!
「ふふふ、いいのよ。むしろ、そうやって本音で話してくれる方が、私としても気楽でいいわ。それより……テノアさんのお話、もっと聞かせて?」
「いいですよ。じゃあまずは小さい頃、初めて見た雷が怖くて毎晩俺と一緒じゃないと眠れなくなった話から……」
「お兄様!?」
それからは、私の恥ずかしい過去話をお兄様が延々とフィエラ様に語って聞かせた。
私が前世の記憶を取り戻すより前、今よりもずっと子供っぽかった時の思い出。
家族にべったりの甘えん坊で、怖がりで、泣き虫で……私の中にある家族への想いはこうして培われたのかと改めて理解させられる、拷問のような羞恥の時間だ。
「それから……」
「お、お兄様、もういいですからぁ! フィエラ様も、今の話を全部真に受けたらダメですよ!? 本当に小さい頃の話ですからね!?」
「ふふふ、分かってるわ」
本当に分かってるのか、なんとも楽しそうにニコニコと笑うフィエラ様。
絶対分かってないですよね? 何なら分かった上で私をからかうネタにしようとしてませんか!?
「ごめんなさいね、テノアさんが可愛いからつい。あ、お詫びに、贔屓にしている服飾店を紹介してあげるから、一緒に行ってみないかしら?」
良いことを思い付いた、みたいに言ってますけど、その割には既に庭園の入り口に馬車があるし、最初から計画していたのでは?
「いいですね、行きましょうか! お兄様もいいですか?」
「ああ、もちろん」
とはいえ、断る理由があるかと聞かれれば特にない。
私はフィエラ様やお兄様、ついでにコーデリア家の使用人数名と共に、その服飾店へ向かったんだけど……その判断は、ちょっと早計だったかも。
「テノアさん、このドレスはどうかしら? 似合うと思うのだけど」
「テノアー、こっちの服も可愛いぞ! 動きやすいからお母様との追いかけっこにもちょうどいいし」
なぜか、フィエラ様とお兄様が結託して、次から次へと私に服を着せようとしてくるのだ。
というかお兄様、お母様とやってたのは追いかけっこじゃないです、訓練です。
「というかその、なんで私ばっかりなんですか? フィエラ様のドレスとかは……」
「あら、私はいいのよ、いつも来ているから。それに……実は好きなのよね、こうして誰かの服を選んだりするのが」
フィエラ様の言う"誰か"っていうのは、亡くなった妹さんのことを言っているんだろうか。
ごく自然に語るフィエラ様の様子からは真意のほどは汲み取れないけど、何となくそんな気がした。
「……分かりました、せっかくですから、可愛くコーディネートしてくださいね?」
「ええ、もちろんよ」
そこからは、もはや完全に私のファッションショー状態だった。
フィエラ様が選んだ服を私が着て、お兄様に評価して貰って、また次を着て……そんな感じ。
店員さんの意見を聞いたり、連れてきた使用人さん達からも感想を聞いたりしながら、あれやこれやと色々試しているうちに、気付けば予定していた私の診察時間も目前に迫っていた。
「お嬢様、そろそろ……」
「あら、もうこんな時間? 早いわね……残念だけど、今日はこれくらいにしておきましょうか」
「は、はいぃ……」
散々着せ替えられた私は、くたくたになりながらフィエラ様の言葉にこくりと頷く。
まさか、こんなに長く着せ替え人形になるとは思ってなかったよ。
こういうのはすぐに飽きちゃいそうだと思ってたお兄様も、最後の最後まで全力で私の見せる格好を褒め称えていて、ちょっと予想外。
まあ、私も二人が褒めてくれるのは嬉しかったから、別にいいんだけどね。
「さて、それじゃあ店員さん、今日テノアさんに着せた服は全て買い取るわ。後日、アーランド家に発送しておいてくださいな」
「畏まりました」
ただ、続く言葉はさすがに予想外で、私だけでなくお兄様までぴしりと固まってしまう。
いや、いやいや、何言ってるんですかこの子!?
「フィエラ様!? さすがにそこまでして貰うのは……!」
「あら、気にしなくて大丈夫よ? これくらい、コーデリア家のお金に手をつけるまでもなく、私のお小遣いで払える範囲だし。それに……こういったお店で、冷やかしだけして帰るのはご法度よ。テノアさんはあまりお金もないんでしょう?」
「うぐ、それは……」
痛いところを突かれ、私は押し黙る。
そんな私をそっと撫でながら、フィエラ様は微笑んだ。
「意地悪言ってごめんなさい。でも、本当に私にとっては大したことじゃないから。今日付き合ってもらったお礼に、受け取って貰えると嬉しいわ」
「む、むぅ」
そう言われると、断るにも断れない。
とはいえ、このままただ受け取るだけというのもよろしくないだろう。
「……じゃあ、お礼に私からもプレゼントします!」
「え?」
散々ファッションショーをやらされたから、このお店の品揃えも大体把握している。
その中から、私はシンプルで可愛らしい髪止めを二つ手に取り、一つをフィエラ様の髪に飾り付ける。
「えへへ、やっぱり可愛いです。これ、フィエラ様に似合うと思ってたんですよね。これは私のお小遣いで買ってお揃いにしますから、受け取って貰えると嬉しいです」
私も自分の髪に同じものを付けながら、にこりと笑う。
正直、私が買って貰う服の数々と比べたら、全く釣り合いの取れないプレゼントな気もするけど……何もしないよりはいいと思いたい。
すると、フィエラ様は髪止めを軽く指で触れると、その感情を噛み締めるようにゆっくりと言葉にした。
「ありがとう、とっても嬉しいわ。……大事にするわね」
「えへへへ」
どうやら、喜んで貰えたみたい。
そのことが嬉しくて、釣られて笑っていると、使用人さんが小さく咳払い。
おっと、もう時間ないんだった。
「それじゃあ、行きましょうか、テノアさん」
「はい!」
馬車に戻るために歩き出すフィエラ様の隣に並び、何となく手を繋いでみる。
ちょっと失礼かな? と思ったけど、フィエラ様は少し驚いた素振りを見せただけで、むしろ優しく握り返してくれた。
なんだかまるで、本当にお姉様が出来たみたいな、そんな気持ちを味わいながら……私は、フィエラ様と一緒にコーデリア家へと戻るのだった。
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