第2話 修行のお願いをしてみました

「お父様、私を鍛えてください!」


 前世の記憶を取り戻した翌朝、私は家族全員で囲む食卓をバーン! と叩きながら進言した。


 相手は、アーランド家の当主にして私のお父様、グレイグ・アーランド。

 金色の髪を乱雑に切った偉丈夫で、この村……というか、この国でもかなり強い剣士なんだって。


 元々アーランド家自体が、お父様の参戦した対魔族軍戦線の武功を称えて騎士爵の地位を得た、いわゆる成り上がり貴族らしいから……その実力は折り紙つき!


 そんなお父様に鍛えて貰えば、私も魔物や魔族とすぐにでも戦えるようになるはず……なんだけど。


「ダメだ」


 にべもなく、お父様に却下されてしまった。

 あまりにもあっさり断られたことで、私は不機嫌さを表すようにぷくっと頬を膨らませる。


「なんでですか! 私だってアーランド家の女の子なんですから、この村を守る義務があるはずです! 強くなって、この村もお父様達も守るんです!」


「ダメなものはダメだ」


 精一杯私を鍛える必要性について説くも、お父様は聞く耳を持ってくれない。


 益々不機嫌になる私に、お父様は手にしたスプーンを起きながら、ギロリと鋭い視線を向ける。


「テノア……お前は何も分かっていない。戦うということがどういうことかを」


「ちゃんと分かってます!!」


「いいや分かっていない。もしお前が戦ったら……昨日みたいに怪我しちゃうかもしれないじゃないかぁぁぁぁ!!!!」


 それまでの、どこか威厳を感じさせる鋭い空気を霧散させ、お父様が涙声で私に飛び付く。

 思い切り抱き締められる……まではいいけど、頬擦りまでされるとじょりじょりしたお髭が痛いですお父様。


「昨日だってなぁ、テノアが怪我したって聞いて父さんどれほど心配したことか!! 本当にもう大丈夫なんだよな!?」


「大丈夫だから離れてください、苦しいですぅ……」


 なかなか離れようとしないお父様を押し退けながら、助けを求めるように周囲を見渡す。


 私の隣に座るお兄様は、お父様に同意するように頷いていて当てにならない。


 ならば……と、私はテーブルを挟んだ対面に座る、一人の女性に目を向けた。


「あなた、テノアが困っているでしょう? それ以上したら、余計にテノアの怪我に響きますから、早く椅子に戻ってください」


「あ、ああ……それもそうだな、ソフィ。すまない、テノア」


 私が何を言っても聞いてくれなかったお父様が、すんなりと戻っていく。


 この人の名前は、ソフィ・アーランド。私のお母様で、この家の陰の支配者だ。


「それに、怪我をしないためにも、多少鍛えておくのは大事なことよ。テノア、私で良ければ色々と教えてあげるから、後で部屋にいらっしゃい」


「わーい、ありがとうございます、お母様!」


 お母様からの申し出に、私は跳ね回りながら全身で喜びを露わにする。


 私とよく似た銀色の髪に、メロンと見紛うほどに豊かな曲線を描く抜群のプロポーションを誇るお母様は、魔法使いの名家、ベイバロン伯爵家出身の生粋のお嬢様だ。


 なんで伯爵家の娘だったお母様が、元平民のお父様とくっついたのかというと……一言で言えば、駆け落ちらしい。


 戦場でお母様に一目惚れしたお父様がプロポーズし、それを受諾したお母様が実家に文句を言われる前にアーランド領に逃げてきたらしい。それでいいの?


 まあ、そんな破天荒なお母様だから、私みたいな女の子が鍛えることにも抵抗はないんだろう。ありがたいことだ。


「でもテノア、やるからには手加減しないわよ? ついて来れるかしら?」


「はい! 大丈夫です! がんばります!」


 むふーっ、と鼻息を荒くしながら、ぎゅっと拳を握り締めて気合いを入れる。


 そんな私を見て、お兄様が慌てた様子で声を上げた。


「ま、待てテノア、早まっちゃダメだ!! お母様は、お母様は……!!」


「あらライル、私がどうかしたのかしら?」


「っ……!?」


 お母様に問われたお兄様は、蛇に睨まれた蛙のように体を竦み上がらせる。


 えっ……ちょっとお兄様、なんですかその反応。なんだか不安になっちゃうんですけど。


「大丈夫よライル、あなたのこともちゃーんと鍛えてあげるから。心配しないで……ね?」


「ひ、ひえっ……」


 お兄様がガクガクと震え、助けを求めるようにお父様の方を向く。

 愛息子の視線を受け取ったお父様は、すぐさまお母様に何事かを言おうとして……ひと睨みですっと顔を逸らした。


 何してるんですか、お父様。


「さあ、これで邪魔者はいなくなったわ。頑張りましょうね、テノア」


「は、はい……」


 内心の不安を押し隠し、小さく頷く。


 そんな私は、まだこの時知らなかった。


 お母様がかつて、王宮魔法士団の教官を勤め、"鬼教官"の異名を欲しいままにしていたということを。


 教官の扱きに比べたら、魔族に捕まって拷問がマシじゃないか──そんな意見すら飛び交うほどに、情け容赦ない訓練メニューを組む人物だったということを。


 こうして、この日を境に私の日常は一変し、"箱入り娘"から"泣き虫お嬢様"にジョブチェンジすることになるんだけど、その由来については……あまり深く詮索しないで貰えると嬉しいです。

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