第3話 特訓始めて二年経ちました
お母様に鍛えられること、二年。
十歳になった私は、それなりに動けるようになっていた。
より具体的には……お母様の扱きから逃げるための、逃げ足が発達した。
「テノア~? まだ訓練は終わってないわよ~?」
「知ってますぅーーー!!」
全力疾走する私の周囲を、無数の魔法が飛来する。
赤、青、白、黄と色とりどりの魔力の弾丸は、端から見るには綺麗で楽しいけど……受ける側になると、ちょっと触れただけでビリビリ来るお仕置き魔法だから勘弁して欲しい。
しかも、地上を走る私と違い、お母様は空を飛んでいるのだ。逃げ切れるわけがない。
何それズルい、私にも教えてくださいよ!!
「おやおや、今日もテノア様は元気だねえ。ソフィ様も息災そうで」
「うむ、善きかな善きかな。おはようございます、お二方」
そんな私達が、アーランドの村中を駆け回って延々と追いかけっこをする光景は、もはや一つの名物になりつつあった。
今も、近くの畑で農作業をしていた老夫婦が、私達を見てのほほんとした空気で挨拶してくれている。
その声に気付いた私は、足元に着弾した弾をひょいと避けながら手を降った。
「ロブおじいちゃん、ローゼおばあちゃん、おはようございますー! はい、今日も私は元気ですよー!」
「元気ついでに余裕そうねテノア。そろそろ、もう一段階強くしても大丈夫かしら?」
「大丈夫じゃないですぅーーー!!」
私が涙声で叫ぶと同時に、老夫婦から上がる笑い声。
笑い事じゃなーい! と心の中で叫びながら、私はひたすら逃げ続ける。
これが、私の今の日常の一コマだった。
「はふぅ、疲れました……」
「ふふふ、テノアはどんどん速くなるから、やりがいがあっていいわね~」
私は少しぐったりと、お母様は生き生きと帰宅する。
そんな私達を出迎えたのは、同じように鍛練を終えたばかりのお兄様とお父様だった。
「おかえり、テノア。大丈夫か?」
「あ、お兄様、ただいまです~!」
勢いよく駆け寄って抱き着くと、お兄様は「ぐふっ!?」と体を仰け反らせる。
「テ、テノア……日に日に抱き着く勢いが強くなってるな……」
「あ、ごめんなさい。お兄様を見たら我慢出来なくて……痛かったですか?」
「大丈夫だ、俺も鍛えてるからな。……それより、そんなに抱き着くと汚れるぞ? 訓練終わりだし」
「私も汚れてるから大丈夫です~♪」
すりすりとお兄様の胸に顔を寄せると、苦笑交じりに撫でてくれる。
すると、それまで隣で見ていたお父様が、私の体をひょいと抱き上げた。
「テノアは今日も可愛いな~! だが、汚いままというのもよくないな、久し振りに一緒に風呂に入るか」
「いいですけど……お父様、すりすりはやめてください、お髭痛いです」
「ガーン」
ショックを受けたのか、お父様が崩れ落ちる。
すると、そんなお父様の手から、今度はお母様が私の体を抱き上げた。
「あなた、テノアも年頃なんですから、一緒にお風呂はもうダメです。さあ、行きましょうかテノア」
「はーい!」
お母様に連れられて、私はお風呂場へと向かう。
後ろで、呆然とするお父様をお兄様が慰めてるのが見えたけど……まあ、大丈夫だよね、多分。
英雄のお父様が、娘とお風呂に入れないっていうだけでダメージ受けるわけないもん。
「それじゃあテノア、目を閉じてー」
「ん~」
そんなこんなで、お風呂。
前世みたいに電気を使って自動で沸かすようなハイテクさはないけれど、代わりに魔法がある。
水の魔法で風呂桶を溜め、炎の魔法でお湯にする。そんなシンプルなお風呂を横目に、私はお母様に頭を洗って貰っていた。
「お母様、一つ聞きたいんですけど」
「うん? 何かしらー?」
「そろそろ、私にも攻撃魔法とか、教えて貰えませんか?」
目を閉じたままそう問うと、お母様の手が一瞬止まる。
そのまま、何事もなかったかのようにまた動き始めたけど……言葉には若干困ったような色合いが交じっていた。
「うーん、テノアにはまだ早いかしらねー、もう少し大きくなったら、かしら?」
「そうですか……」
お母様の言い分に、私は何度目かも分からない落胆を覚える。
そう、前世の記憶を取り戻したあの時から、お母様は私に特訓をつけてくれてるけど……その内容は、あくまで自衛のためのもの。もっと言えば、"何らかの脅威から逃げ延びる"ためのものだ。どうやら、お母様も根っこの部分ではお父様と同じく、私が危険か魔物との戦闘に関わることを良しとしていないみたい。
だから、私はすっごく逃げ足が速くなったけど、それ以外については二年前からほとんど変わってない。箱入りから、元気に駆け回るお転婆に変わっただけだ。
少なくとも……表面上は、そういうことになっている。
「じゃあ私、もっとがんばりますね。お母様に認めて貰えるくらい」
「……ふふ、そうね。頑張って、私から逃げ切れるくらいになりましょうねー」
「うぐぐ、先は長そうですね……」
そんな風に呟く傍ら、私はちょっとした罪悪感に胸がちくりと痛んだ。
本当は、認めて貰えるのを待つつもりなんて全くなかったから。
二年前のあの日から、ずっと。
「それじゃあ流すわよー、口も閉じてー」
「んーっ!」
ざぱぁ、と頭からお湯を被りながら、私はこの後に予定している"秘密の日課"について、思いを巡らせるのだった。
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