後編

 ゴブリンたちは上陸してから郊外の街を襲撃した。郊外にも兵士は滞在している。彼らはゴブリンたちを前に逃げず臆せず対面した。

 だがそれは全く戦闘と呼べるものではなかった。ゴブリンたちの巨躯から繰り出される攻撃は以前は驚異ではあるものの、大ぶりで雑な攻撃だった。

 しかし今回の戦争ではどうだろうか。知恵を持った、かつて獣だった者は稚拙ながらも最低限の構えをしている。獣であった時の暴力性を持ちながらだ。

 普段通りの踏み込みをした兵士は圧倒的暴力に沈んだ。かつて仲間だった肉片を見て、シャウウィンの兵士たちは恐怖した。しかし彼らの足は地に縛り付けられたように動かない。なんてことはない、足がすくんで動かないだけだ。


 一人また一人と仲間が肉片に変わっていく。最後に残った一人の兵士はその身を奮わせて、ゴブリンに立ち向かった。仲間たちの敵を打つために、再び剣を強く握り込む。上段に長剣を構えて確かな足取りで後ろから切りかかりゴブリンの肉を切り裂く、はずだった。その剣は肉を切ることなく、空を撫でた。


 後ろから切りかかった兵士はその顔に驚きの表情を見せながら、ゴブリンが作った血の海に沈んだ。


 シャウウィンにとって不幸なことは、これはあくまでも一人のゴブリンが作り出した光景ということである。

 既に街の中では、複数のゴブリンたちが無辜の民を殺している。女は陵辱を受けて人としての尊厳を失って死ぬことになる。男は愛する人が犯される様を見ながら絶望して死ぬ。子供は柔らかい手足を一本ずつもぎ取られて、最後は胴体を喰われる。

 ゴブリンたちの前では、誇り高きシャウウィンの兵士も女子供も皆等しく殺戮の対象だった。


 地方都市から陥没する中、首都ゴンザレスの兵士たちはゴブリンの軍を迎え撃たんと、その身を奮い立たせていた。

 兵を率いるはシャウウィンの王、ソリクン・コ・シャウウィンである。しかし実質的に率いるのは彼ではなく、近衛であるシヴァスが率いていた。

 背景としてソリクンが武将であり、文化として初代王の血を引いたものは前線に立って軍を率いるべきという考えがあるからだ。


 一方、ゴブリン兵たちもまたその身に闘志を滾らせていた。長きに及んだシャウウィンとゴブリンとの戦争に終止符を打つために。


 両者、相見える。


 ※×※×※


 最初に押していたのはシャウウィン軍だった。

 統率された兵士は鍛え上げられた肉体と剣で、ゴブリンたちと互角以上の戦いを繰り広げていた。逆にゴブリンたちは集団戦闘になれておらず、ゴブリン軍は彼らが持ち前とする力を存分に活かすことができなかった。

 それでもなお巨躯から繰り出される一撃は当たれば、容易に命を刈り取るだろう。激しい戦闘により既に足元は仲間か敵かもわからない血肉が散乱している。

 そうして人が少なくなった戦場でゴブリンたちの暴力がシャウウィンに牙を剥く。

 ゴブリンたちは3メートルを優に超える巨躯故に、その攻撃は拳を使ったものではなく足技が増える。しかし血肉が散乱した戦場では重心のブレやすい足技は大きな隙ができてしまう。その隙をシャウウィンたちは見逃さずに堅実に一撃離脱を繰り返してゴブリンを消耗させていく。

 ゴブリンたちの膂力は脅威なれど、シャウウィンは持ち前の団結力と鍛え上げた武で、有利に立ち回っていた。


 それが姿を見せるまでは。


 それは今までのゴブリンとは一線を画した存在だった。生物としての格が違う、視界に入るだけで恐怖を植え付けるそれを、ゴブリンと呼んでいいのかすら分からなかった。


 ―――化け物。


 そうとしか形容できないモノが戦場にはあった。

 ゴブリンたちは武装せずに戦っていたが、化け物は両手にあるものを持っていた。

 国を守る七英雄だけが持つことを許された白銀の大剣が二振り。白銀を化け物が持つこと、それが意味するのは今までの危機を幾度となく救った英雄が二人討たれたということ。英雄は敵の身に傷一つ付けることすら許されなかったということ。


 化け物は大剣を振りかぶったかと思うと、あろうことかシャウウィン軍に向かって投げつけた。

 その剣は音の壁を優に超えてシャウウィン軍の中心部に突き刺さる。その剣がもたらす衝撃が、シャウウィン軍を圧倒する。

 その一撃の死傷者数は、数十人、多くても数百人だろう。数だけで言えば数百人の穴は指揮官次第でどうとでも立ち直せる。しかし前線で最前線で戦っているわけでもない兵士が一瞬で数百人殺されたという事実は、シャウウィンの兵士たちに唐突に訪れる死を感じさせた。


 化け物の一撃でシャウウィンたちが動揺しているところに二本目が飛来する。それにより統率された兵士は烏合の衆と成り代わり、我先にと言わんばかりに戦場を離脱しようとする。

 だがゴブリンたちはそれを許さない。背を向けた兵の命を刈り取ることは、市民を殺すことと何ら変わりない。ゴブリンたちは背を向けた兵士たちを次々と殺していく。


 壊滅したシャウウィン軍の中でソリクンは自分を不甲斐なく思った。

 兵を率いてこその王であり、臣のいない王は王と呼べない。だというのにこの様はなんだ、一人の化け物に我が軍を壊滅させられ、臣は次々と死んでいく。失われた士気を上げるために言葉を紡いでも、その言葉に耳を傾ける兵はいない。この戦役は大敗だ。この星はシャウウィンの星ではなく、第二のゴブリン星になってしまうだろう。だが僅かに希望を未来に残せるように、願わくば遠い未来でゴブリンたちに仇をとってもらえるように、シャウウィンを星の外に逃がそうではないか。


「総員! この星から脱出し反撃の機会を待て! これは敗走などではない、戦略的撤退だ! 化け物は私が受け持とう! 最後くらい王としての責務を果たそうではないか! この時を胸に刻み、己の剣を磨け! そしていつの日か化け物に剣を突き立てる時が来ることを願う!」

「我が王よ、私も加勢します!」

「シヴァス、お前はセキールをこの星から逃がしてくれ! これは我の願いだ、命令ではないぞ」

「…仰せのままに、我が王よ」


 不甲斐ない我、いやオレに寄り添ってくれる友に自分の息子のことを頼んだ。

 兵士たちはどれだけ生き残るのだろうか。生き残りの兵とセキールでこの星を取り戻してもらいたいものだ。そのためにも、時間稼ぎをしなければ。


「我はシャウウィンの第四十七代王、ソリクン・コ・シャウウィンである! 名はなんと申す」

「…ゴブーラ」


 初めの問答はそれだけだった。

 ソリクンは距離を詰めるべく、ゴブーラに向かって駆ける。ゴブーラはそれに応戦すべく、構えを取る。その姿は巨体も相まって圧巻だった。

 ゴブーラは小手調べに軽い蹴撃を見舞った。その蹴撃をかい潜りソリクンは剣で軸足を薙ぎ払う。

 しかし剣は軸足の表皮を軽く切っただけだった。

 ゴブーラはお返しとばかりにソリクンに回し蹴りを食らわせた。

 その瞬間、ソリクンは身を引くが、少しの勢いを殺しただけで後方に吹き飛ばされる。

 それでもソリクンはシャウウィンの王であり、シャウウィン最強の戦士でもある。

 彼は即座に状態を起こし、ゴブーラに斬りかかる。

 強烈な一撃を受けた彼は、既に全身が激しく痛み、骨の何本かは折れている。

 そんな状態の彼を突き動かすのは僅かに残った王としての矜持だった。

 少しでも兵を生かすためにソリクンは立ち上がり、化け物に対峙する。


 ソリクンは決してゴブーラを殺すことなどできなかった。それでも兵や民が異星に逃げるための時間を稼ごうと数分ながらも必死の覚悟で戦った。文字通り必死に。


 その御蔭か数十のシャウウィンが地球という星に避難することができた。その他の星にも数十から数百のシャウウィンが逃げることができた。


 彼らは各々が持つシャウウィンの「剣」を磨き、逆襲の時を待つ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

動乱のシャウウィン星 ぷろけー @project-k-prok

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ