Mission 02⑥

 エレナが回想にふけっている間に、編隊は訓練空域に到着した。下にはエメラルド色の暖かい海が広がり、ちぎったパンのような雲の塊が点々と散らばっている。


 ハポーザ隊が編隊から離れ、大きなメビウスの輪を描くように飛びながら観測を始める。マンフレート隊は加速してレーヴェ隊と距離を取り、反転して仮想敵機になった。レーダーの表示も味方機を示す青から敵機を示す赤に変わる。


〈状況開始!〉


 ハポーザ隊のパイロットの号令で訓練が始まる。


 エレナはディスプレイに目を落とし、マンフレート隊の動きを探る。セルゲイ大尉たちは格闘戦を避けるべく八発の長距離ミサイルを発射してきた。実際にミサイルが発射された訳ではないが、バーチャル空間上でミサイルの軌道がシミュレートされ、「回避せよ」と警告が現れる。


「レーヴェ1より2へ。こちらも長距離ミサイルを発射し、敵ミサイルを迎撃せよ!」

〈了解!〉


 フリッツの返事を聞いてからエレナはマスターアームスイッチを入れ、長距離ミサイルを選択。仮想空間でエレナの機体を狙っている敵ミサイルをロックし、搭載した四発全てを発射する。


 六発が命中し迎撃に成功したが、エレナたちにはまだ二発の敵ミサイルが迫っていた。エレナはフリッツに指示を出し、編隊を解く。チャフとフレアを散布しつつ、螺旋を描くような機動でミサイルを回避する。


 レーダー上では、マンフレート隊も編隊を解いて個別攻撃に移っていた。エレナの方に向かってくる仮想敵機がセルゲイ大尉とオードリー中尉、どちらの機体なのかは解らない。だが、二人とも王立空軍のエースだ。油断していい相手ではない。


 特にセルゲイ大尉は、エレナと同じくヘドウィグ人として差別を経験してきたはずだ。彼が本名を名乗って生活するのは、差別を跳ねのけるだけの実力と自信の現れなのかもしれない。


 仮想敵機はエレナの方へ真っ直ぐ突っ込んできた。アフターバーナーを吹かして加速し、速度は音速に達する。


 エレナはその挙動に違和感を覚えた。格闘戦に持ち込むのではなく、機体そのものをぶつけようとしているように見えた。まるで巨大なミサイルだ。


「クソッ! このままだと衝突する!」


 エレナは仮想敵機を回避しようと操縦桿を倒すが、判断が遅かった。緑を基調とした塗装のアスベルが、エレナの機体のすぐ脇を通過していく。機体のマーキングが肉眼で見える程の距離だった。


 直後、仮想敵機が発生させた衝撃波がエレナの機体を弾き飛ばす。バランスを崩したエレナの機体は、不規則なスピンを始めた。


「何が模擬戦だ! こんなの無茶苦茶だ!」


 AIが各動翼を動かし、なんとか姿勢は安定した。しかし、エレナは前後左右が解らなくなり、空間識失調(バーティゴ)に陥っていた。空と海の区別がつかない。


 エレナの機体は緩い角度で降下している状態だった。エレナがそれを認識した時、ヘルメット内で警告音が鳴り響く。仮想敵機は真後ろだ。


 仮想敵機が機関砲を発射する。エレナは機体を右にスライドさせて回避するが、空間識の回復が遅れていたら確実にやられていた。


 これは模擬戦などではない……実戦だ。仮想敵機に追われながら、エレナはそう思った。


 AIが正常に作動しなかったら、エレナの機体はスピンによって空中分解していた。一歩間違えばエレナはノルトグライフの国旗に包まれた棺に入って故郷に帰ることになっていたかもしれない。

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