Mission 02⑤
小学校に上がって最初の冬、事件が起こった。この頃のエレナは完全に学校で孤立し、一緒に帰るクラスメイトもいなくなっていた。
あの日も、エレナは溶けかけた雪と泥でぐちゃぐちゃになった道を一人でとぼとぼ歩いていた。そんなエレナに、後ろから声をかける人がいた。
「おーい! アリョーナちゃん!」
少年の声だった。話しかけられたのが嬉しくて、エレナは思わず声のした方へ振り向いた。
その瞬間、白くて丸い物がエレナの顔へ飛んできた。それが雪玉だと理解した時には遅く、右目の上辺りに鋭い痛みが走る。雪玉の中に石が入っていたのだ。
「ギャッ!」
石がぶつかった場所を押さえると、生暖かい液体が手に触れる。額が切れて血が出ていた。
「うわあああっ!」
痛みよりも頭から血が出たということが恐ろしくて、エレナは悲鳴を上げた。
「ハハハッ! 泣いてるぜコイツ? キッショ!」
「俺の弟が言ってたんだけどさ、コイツってヘドウィグ人なんだってさ!」
「ヘドウィグ人って化け猫じゃん! 魔女の使い魔じゃん! 駆除しなきゃ!」
「害獣は消毒だッ!」
ゲラゲラと笑いながら、エレナの周りに少年たちが集まってくる。体格からして、おそらく中学生だろう。
中学生たちはエレナを取り囲み、一斉に雪玉や石を投げつけ始めた。エレナは泣き叫んで助けを求めたが、周りは広いライ麦畑で、住宅地まで声は届かない。
やがて中学生たちは石を投げるのに飽きたのか、今度はエレナの背中に蹴りを入れてきた。雪道でスリップを防ぐためのスパイクがエレナの背中や頭に刺さる。
「お兄ちゃんたち、やめて! 蹴らないで!」
「だったらこの国から出ていけよ! ヘドウィグ人はノルトグライフにいるだけで犯罪なんだよ! この犯罪民族! いじめられるのは自業自得だっつーの!」
少年の一人がそう言って、エレナの頭をサッカーボールのように蹴飛ばした。エレナの頭が一瞬真っ白になり、音が聴こえなくなる。
それでも気を失うことはなく、少年たちに蹴られる痛みはしばらく続いていた。
*
どのくらい時間が経ったのだろう? 気が付いた時には少年たちはいなくなっていた。
エレナは身体が痛んで立ち上がることが出来ず、雪と泥の混じった地面に顔を伏せて泣いていた。
「キミ、大丈夫?」
心配するような声が聴こえて、エレナは顔を上げる。そこにいたのは、見慣れないライ麦色の髪の少女だった。
「ケガしてるじゃん! 今手当てするから……」
「いいよ、別に……」
「でも……」
「私に触るなッ!」
エレナは助け起こそうとする少女の手を払いのけ、がむしゃらに家の方へ走り出した。
*
この事件によって、エレナはヘドウィグ語の名前を使うことがいかに危険なのか身をもって理解した。
事件のことを知った両親は、エレナに本名を教えた伯父さんを激しく非難した。二人はエレナをあくまでもノルトグライフ人として育てたかったのだ。あの事件以降、両親と伯父さんの関係は険悪になり、彼とはもう何年も会っていない。
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