Mission 02④

 エレナが二つの祖国を意識し始めたのは、小学校に上がる少し前だった。よく遊びに来る親戚の伯父さんから「アリョーナ」と呼ばれるのが気になっていたエレナは、ある日、そのことについて彼に尋ねてみた。


「アリョーナとはね、キミの本当の名前なんだよ」


 伯父さんの言ったことが理解できず、エレナは首を傾げた。名前は一つで十分なのに、二つも名前があったらややこしいと思った。


 そんなエレナの様子を察したのか、伯父さんはもう少し丁寧に教えてくれた。


「アリョーナというのはエレナの別の読み方なんだ。アリョーナはヘドウィグ語で、エレナはノルトグライフ語で呼んだ場合の名前。これを見てごらんなさい」


 伯父さんはカバンの中から小さな地球儀を取り出し、ノルトグライフの辺りを指さした。エレナは初めて見る地球儀に少し興奮し、伯父さんの話に食いついた。


「ここがキミの住んでいるノルトグライフ王国で、その隣がヘドウィグ……キミの家族は、昔ヘドウィグからノルトグライフに移り住んだ人たちの子孫なんだ」

「じゃあ、私はノルトグライフ人じゃなくて、ヘドウィグ人なの?」

「そうだよ。キミのお父さんもお母さんも、みんな純血のヘドウィグ人さ。そして、ノルトグライフ人とヘドウィグ人、この二つの民族はそれぞれ違う言葉を話している」

「なんで違う言葉を話すの? 同じ言葉を話せば便利なのに?」


 エレナの問いに伯父さんは苦笑する。


「僕も小さい頃はそう思ってたよ。けど、言葉とは単なるコミュニケーション……相手に何かを伝えるための道具ではないんだ。言葉とは歴史であり、遺伝子なんだ」


 伯父さんの金色の瞳がエレナを見つめる。


「僕の目はアリョーナと同じ色だろ? キミのお父さんとお母さんも同じだ。お父さんやお母さんから、目の色や髪の色、顔の形が受け継がれていく。同じように、言葉も僕たちのご先祖様からずっと受け継いできたもので、途絶えさせてはいけないんだ。だから、僕はキミのことをアリョーナと、ヘドウィグ語で呼ぶんだ」


 自分が普段使う名前の他に、ずっと昔から受け継いできたもう一つの名前を持っている……彼の話を聴いたエレナは、そのことがなんだか誇らしく思えた。


 次の日、エレナはさっそく自分が持つもう一つの名前を友だちに自慢してみた。みんなエレナのもう一つの名前を羨ましがり、真似をする子もいた。それが嬉しくて、エレナは自分がヘドウィグ人であることを言いふらすようになった。


 しかし、小学校に入学した後、友だちはエレナを避けるようになった。理由を聞いてみると、何人かは「エレナがノルトグライフ人じゃないから」と答えた。


 意味が解らなかった。あの頃のエレナはノルトグライフとヘドウィグが辿った歴史について知らなかった。自分が仲間外れにされる理由に納得できず、頻繁に癇癪かんしゃくを起こすようになった。

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