Mission 02③

 マンフレート隊とともに離陸したレーヴェ隊は、四機の編隊を組んで訓練空域に向かう。雲は少なく、キャノピーからは切り立ったラインハルト山脈が見えた。訓練空域はこの山脈を超えた先、ミゲル共和国の領海内に設定されている。


 ノルトグライフ王国は山がちな内陸国であるため、訓練が可能な空域が限られている。人口が密集していない場所のほとんどは山岳地帯で、事故で墜落ないし脱出した場合は救助が困難だった。先日のヘドウィグ軍機が回収されていないのも、雪と険しい地形に阻まれて捜索が難航しているからだという。


 こういった事情から、王立空軍は南で国境を接するミゲルの領海内で訓練を行うことがあった。


〈王立空軍機へ、こちらはミゲル空軍のハポーザ隊だ。そちらの編隊を補足した〉


 ミゲルの領空に侵入した時、訓練を監督するミゲル空軍の飛行隊から通信が入る。レーダーディスプレイにはエレナたちに接近する二機の戦闘機が映っていた。


〈王立空軍所属、マンフレート隊のセルゲイ・クレショフ大尉だ。こちらでも確認した〉

「同じくレーヴェ隊のエレナ・イーレフェルト少尉です。今日はよろしくお願いします」


 セルゲイ大尉に続いてエレナは通信に応える。空の彼方に目を凝らすと、大きな半径で旋回しつつこちらに合流しようとしているミゲル空軍機の影が見えた。


 編隊飛行用データリンクが接続され、エレナたちの編隊にハポーザ隊の二機が加わる。機種はSF-12C「ジェスター」。運用国独自の改良は加えられていないが、ヘドウィグ空軍が運用するものと同型機だ。


 ジェスターとはつい最近命の取り合いをしたばかりなのに、今日は仲良く編隊を組んで飛んでいる。それがエレナには不思議に思えた。


 ミゲルとヘドウィグは同じ国――別の大陸にあるアルトリア連邦から戦闘機を輸入している。ノルトグライフのアスベルは多国籍軍需企業・ロト&ヴァイス社の製品だが、搭載するミサイルはアルトリア製だ。アルトリアから武器を輸入するノルトグライフと他の二国は、軍事的には同じ陣営に所属していることになる。


 それなのに、ノルトグライフとヘドウィグは事あるごとに憎悪を再生産し、数年周期で関係の改善と悪化を繰り返している。ミゲルも六十年以上前の戦争ではノルトグライフと敵対していたが、現在では良好な関係を築いている。二国の違いは一体どこにあるのか?


 訓練空域まではAIが自動で機体を操縦していた。本来なら目視で周辺を警戒しなければならないが、エレナはつい余計な考えを巡らせてしまう。


 やがてエレナの脳裏には、幼い頃の記憶が蘇ってきた。それは忘れたくても忘れられない、心の傷跡だった。

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