Mission 02②

 その日の午後、レーヴェ隊は他の飛行隊との模擬戦を行う予定だった。


「では、本日諸君らと手合わせをするパイロットを紹介しよう。マンフレート隊のゼルギウス・クリューガー大尉とオードリー・シュルツ中尉だ」


 航空団司令に呼ばれて、ブリーフィングルームの前に二人の男女が立つ。見た目は二十代から三十代くらいで、二人とも司令より背が高い。


 マンフレート隊と言えば、訓練において敵役アグレッサーを務めるエース部隊だ。まだ何も話していないのに、エレナは前に立つ二人からただならないプレッシャーを感じた。


 ゼルギウス大尉と呼ばれた男が前に出て、エレナたちに向かって太い声であいさつをする。


「はじめまして、レーヴェ隊の諸君。私は、マンフレート隊の一番機、大尉だ」


 大尉の言葉にエレナを含め、レーヴェ隊の一同は息を呑んだ。「セルゲイ」は「ゼルギウス」のヘドウィグ語読みだ。


「ゼルギウス大尉、今の発言は一体?」


 恐る恐る尋ねる司令に、大尉は「驚きましたか?」と笑いかける。それからエレナ達の方に向き直り、彼は引き締まった表情で続けた。


「ノルトグライフ語とヘドウィグ語、二つの名前を持つことからも解る通り、私はヘドウィグ人だ。私があえてヘドウィグ人としての名前を名乗ったのは、私がまだ本物のノルトグライフ人になっていないからだ」


 大尉の力強い声に、ブリーフィングルームの窓ガラスがびりびりと震える。エレナはその気迫に少し縮こまってしまった。


「私がノルトグライフ語の名前を名乗ることを許されるのは、私が王国に仕える騎士として、名誉ある人生を全うした時。つまり、私がこの国で死んだ時だ。だからレーヴェ隊の諸君には、私のことをセルゲイと呼んで欲しい」


 自己紹介を終えたセルゲイ大尉が元の位置に戻る。続いて、彼の僚機であるオードリー大尉がスクリーンに映し出されたスライドを示しながら、訓練について説明を始める。


「今回は模擬戦を行います。実戦に近づけるため、ハードポイントには実弾に近い重量の模擬ミサイルを搭載し……」


 説明を聞きながら、エレナはじっとセルゲイ大尉の顔を見つめる。色白の肌や角張った骨格などは、どことなくエレナの父に似ているようにも思える。


 彼はきっと、エレナと同じように訳あってノルトグライフで暮らしているヘドウィグ人なのだろう。


 エレナも「アリョーナ・イリッチ」というヘドウィグ人としての名前を持っていた。だが、セルゲイ大尉のように本名を堂々と名乗って生活する勇気はなかった。エレナの故郷の村で本名を名乗ることは、首から「石を投げてくれ」と書かれた札を下げて歩くようなものだ。


 それに、幼馴染のリズからはずっとノルトグライフ語で「エレナ」と呼ばれていたので、こちらの名前の方が気に入っていた。ヘドウィグ語にも堪能ではないし、このままノルトグライフ人として生活していきたいと思っていた。


 エレナとセルゲイ大尉の境遇は似ているが、民族的出自への向き合い方は違うようだ。


 ふと、セルゲイ大尉の瞳がこちらに向いた。エレナからの視線に気付いたらしい。エレナは咄嗟に部屋の前に設置されたモニターへ目線を映す。


 一瞬だけ見えたセルゲイ大尉の瞳は、エレナと同じ金色だった。

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