Mission 01④
アパートに帰るなり、エレナはベッドに倒れ伏す。全身が鉛のように重く、コートを脱ぐことすら億劫だった。
本当に、今日はさんざんな一日だった。
結局、エレナたちがヘドウィグ空軍機を撃墜したことは公式には伏せられることになった。ゾンターク橋の爆破テロとの関係も、今のところ発表されていない。
フリッツは冗談交じりに「俺たちが撃墜したのは、空飛ぶ
せめて着替えてから寝よう。そう思ってエレナが身体を起こした時、コートのポケットに入れていた携帯電話が震え出した。
こんな時間に誰からだろう? エレナはポケットから携帯電話を取り出し、画面を点ける。
リーゼロッテ・ローテルシュタイン……画面に表示された名前を見て、エレナの胸が熱くなる。
エレナはすぐに通話ボタンをタップして、携帯電話を耳に当てた。
「もしもし、リズ?」
〈エレナ? 今、ちょっと話せる?〉
「いいけど……どうして電話なの? いつもはSNSで済ませるのに?」
〈その……何だか、エレナの声が聞きたくて……〉
リズの声は最後に聴いた時より弱々しかった。三ヶ月ほど前にも電話で話したが、その時はもう少し明るい声だったように思う。
〈昼間、グライフェンシュタットで爆破テロがあったよね? それで不安になっちゃって……〉
それを聴いて、エレナはリズがグライフェンシュタットの高校に通っていることを思い出す。
「大丈夫? ケガしなかった? リズが通ってる学校って、ゾンターク橋から近いんでしょ?」
〈平気だよ。今日は休みだったし。ありがとう、心配してくれて……〉
「そう、それなら良かった……」
幼馴染の無事が解って、エレナはホッと息をつく。
それからしばらく、エレナとリズは電話越しに近況報告を交わしていた。
〈空軍ではどう? 上手くやってる?〉
「まぁ、そこそこね」
〈いじめられてたりしない?〉
「そんなことないよ。まぁ、友だちはあんまりいないけど、私にはリズがいるから大丈夫!」
〈えへへ、改めてそう言ってもらえると嬉しいなぁ〉
リズにはヘドウィグ空軍機を撃墜したことは話さなかった。守秘義務が課せられているというのもあるが、幼馴染に余計な心配をさせたくなかった。
「リズの方こそ、都会の高校で田舎者だからってバカにされてない?」
〈バカにされるどころか、羨ましがられてるよ。都会の人には未舗装の道がある農村の生活が珍しいみたい〉
エレナはリズが同級生から質問攻めにされる様子を想像し、思わず吹き出してしまう。
「その人たちはきっと、田舎の生活を舐めてるんだね! 冬は雪に埋もれるし、夏は蚊が大量発生! 牧歌的とは程遠い、自然との戦いを都会っ子は知らないんだ!」
〈夢を見させてあげれば良いんだよ! 私がどれだけ美しいウソを語っても、困るのはあの人たちなんだし!〉
「だね!」
一通り笑った後、エレナは重い息を吐きだす。
〈エレナってば、ちょっと疲れてるみたいだね? 何かあったの?〉
「何もなかったって言えば嘘になるかも。でも、大したことじゃないよ」
〈本当? 無理に話さなくてもいいけど、あんまり一人で抱え込み過ぎないでね?〉
「解ってる……」
そう言った後、エレナは小さな声で「必ず守るからね」と付け足した。
〈何か言った?〉
「何でもない。明日も早いから、もう切るね?」
〈うん。おやすみ、エレナ〉
「リズもおやすみ……」
携帯電話を耳から離し、画面をタップして通話を終了する。
リズはエレナにとってかけがえのない存在だ。彼女の声を聴いて、改めてそう思う。
リズはエレナがノルトグライフ人ではない――ヘドウィグ人だということを知っても、ありのままの自分を受け入れてくれた。民族や宗教の違いを意識せず、同年代の少女として言葉を交わしてくれる。
そんなリズを守りたいと思って、エレナは進学ではなく空軍への入隊を選んだのだ。彼女を傷つけようとする者なら、例え同胞であっても躊躇いなくミサイルを撃ち込んでやる。
私は彼女を守りたい……守らなきゃいけないんだ。心の中でそう呟き、エレナは目に見えない操縦桿を握りしめた。
――Mission Accomplished――
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