Mission 01③
ネガティブな思考に囚われているエレナに対して、フリッツはいつもの調子で話しかけてくる。
〈訓練中に機位を見失ったのか? それともIFFの故障か?〉
彼の緊張感のない声がエレナの神経を苛立たせる。しかし、個人的な感情を僚機に押し付けてはいけないと思って、エレナは不穏な塊を唾と一緒に飲み込む。
「とりあえず、命令通り交信を試みる。フリッツはそいつの動きを見張ってて?」
〈はいよ!〉
フリッツの機体がジェスターの進路を遮る形で前に出る。それを見届けたエレナは、無線の周波数を操作してジェスターのパイロットに呼びかける。
「ヘドウィグ空軍機に告ぐ。こちらは、ノルトグライフ王立空軍所属、レーヴェ隊である。直ちに飛行目的を明かし、我々の誘導に従って着陸せよ……」
応答はない。
そこへフリッツから暗号回線で報告が届く。
〈こいつ、主翼の下に大型のミサイルランチャーを吊るしてやがる。もう発射したようだ……〉
エレナの肌がゾワリ泡立つ。それでもなんとか平静を保ち、フリッツの通信に応える。
「ゾンターク橋を破壊したのは、この機体ってこと?」
〈疑いは濃厚だな……〉
エレナはわずかに機体を近づけ、ジェスターのコクピットを睨む。金が蒸着されたキャノピーが周りの景色を反射し、中の様子は良く見えない。だが、わずかにパイロットがこちらに顔を向けるのが見えた。
「繰り返す。直ちに飛行目的を明か……」
エレナが再び交信を試みた時、ジェスターが機体を翻し、雲の中に消えた。水滴がレーダー波を撹乱し、相手の姿を補足できない。
「見失った……! フリッツ、そっちで確認できる⁉」
〈ダメだ、俺にも見えない! 後方に注意しろ!〉
「解ってる!」
ヘドウィグ人はそんなに戦争がしたいのか? そんなにノルトグライフが憎いのか? 顔も知らないパイロットに心で問いかけながら、エレナはジェスターを探す。見つからない。
突然、鋭い警告音がエレナの鼓膜を突き刺す。受動警戒システムが後方からのレーダー照射を探知。振り返ったエレナの目に飛び込んできたのは、砲口カバーを展開して機関砲の射撃体勢にあるジェスターだった。
〈エレナッ、ブレイク!〉
フリッツがそう叫ぶ前に、エレナは左に急旋回。主翼のスレスレを曳光弾の光が掠めていく。
回避には成功したが、判断が遅れていたら確実に撃墜されていた。相手は明確な敵意、いや殺意を示したのだ。
攻撃に失敗してもなお、ジェスターはエレナに食らいついてきた。追撃を振り切ろうと旋回しながら、エレナは防空指令所に呼びかける。
「レーヴェ隊より防空指令所! ヘドウィグ空軍機が発砲! 指示を請う!」
〈こちら防空指揮所。ヘドウィグ空軍機を敵機と判断し、攻撃を許可する!〉
「了解! レーヴェ1、エンゲージ!」
交戦を宣言したエレナは、重たい頭を持ち上げて敵機と判断したジェスターに目を向ける。ジェスターは速度性能ではアスベルに劣るが、亜音速域での機動性が高い。じりじりと旋回半径を縮め、機関砲の照準をエレナの機体に近付けてくる。
〈エレナから離れろッ!〉
フリッツの機体が斜め上からジェスターに向けて降下し、機関砲を撃ち込む。ジェスターは射線から逃れようと旋回方向を変えた。
「今だッ!」
エレナはその隙に急角度で旋回し、敵機の後方に占位する。武装の安全装置を解除し、短距離ミサイルを選択。ヘルメットのバイザーの中央にジェスターの姿を捉え、ロックオン。
「FOX2《フォックスツー》ッ!」
エレナがコードを叫びながらボタンを押すと、アスベルの主翼からミサイルが発射される。
ジェスターはミサイル発射に気付いて回避しようとするが、間に合わない。後ろから突き刺さったミサイルにエンジンを破壊され、爆発する。
ジェスターの残骸は黒煙を引きながら雲の下へと沈んでいった。その様子を見届けたエレナは、静かな声で防空指令所に報告する。
「敵機撃墜を確認……」
〈任務終了。レーヴェ隊は帰投せよ〉
「了解」
エレナはフリッツに合図を出し、機体の進路を基地の方へ向けた。
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