Mission 01②
「エレナッ! 起きろ!」
リズとは違う少年の声とともに、誰かがエレナの肩を激しく揺さぶる。目を覚ましたエレナは、焦点の定まらない目で辺りを見回す。そこは故郷のライ麦畑ではなく、空軍基地の待機室だった。
どうやら、アラート任務中に居眠りをしていたらしい。
「こんな時に居眠りなんて、呑気なヤツだ」
僚機のフリッツ・イェーガー少尉が飽きれたような声を出す。
「こんな時?」
目をこすりながら尋ねるエレナに、フリッツは「グライフェンシュタットが攻撃された」と返す。それを聴いた瞬間、エレナの眠気は吹き飛んだ。
「それって本当ッ⁉」
「ほっぺたつねってみろ?」
エレナはフリッツに言われた通り頬をつねる。
「……痛い……」
「これは現実だ。すぐに上がるぞ!」
「解った!」
エレナはバネのように立ち上がり、待機室を飛び出す。
外は雪だった。積もるほどではないが、細かい雪の粒がパラパラと降ってくる。
ヘルメットをかぶりながら、エレナは
RW-15「アスベル」――ノルトグライフ王立空軍が長く運用している大型多用途戦闘機だ。その愛称は伝説に登場する騎士に由来し、アスベルの乗り手たちは「
アスベルのコクピットに就くと、エレナは左右のエンジンを始動する。タービンの回転数が上がり、ディスプレイが明るくなる。
電子機器、油圧、武装、各動翼の点検も手早く済ませ、エレナはアスベルを滑走路へ向けて
滑走路の端でそれぞれの機体を停止させ、エレナたちは管制塔からの離陸許可を待つ。
〈レーヴェ隊、離陸を許可する!〉
「了解。エレナ・イーレフェルト少尉、行きます!」
エレナはスロットルレバーを倒し、アフターバーナーに点火する。二基のエンジンが野獣のような咆哮を上げ、アスベルは弾かれたように滑走を始める。
加速のG(負荷)に耐えながら、エレナは機体が地面を離れるのを背中で感じた。着陸脚を収納し、操縦桿を引いて機首を上げる。
同時に離陸したフリッツの機体と編隊を組み、エレナたちは巡航高度まで急速上昇に入る。灰色の雲を突き破り、青と白だけの世界へ駆け上がる。
水平飛行に移行した時、防空指令所からの通信が届いた。
〈防空指令所よりレーヴェ隊、状況を知らせる。今から二分前、我が国の首都・グライフェンシュタットに巡航ミサイルが飛来した。この攻撃で、首都を流れる河に架かったゾンターク橋が破壊された〉
「本当ですか⁉ 民間人への被害は⁉」
〈死傷者については今のところ確認されていない。警察宛てに『ゾンターク橋を爆破する』という犯行予告が届いて、攻撃の直前は通行止めになっていたらしい。橋を通行する車や、その下を通過する船舶は無かった。犯行予告と所属不明機の関連は今のところ不明だ〉
犠牲者が出なかったのは良かったが、エレナは素直に喜べなかった。ゾンターク橋の周辺には、国会議事堂やノルトグライフ王国の王族が暮らす宮殿がある。ミサイルを発射したのが何者かは解らないが、露骨な挑発行為……いや、脅迫だ。
〈ゾンターク橋が破壊された直後、レーダーサイトが首都上空から離脱していく所属不明機を補足した。ミサイルを発射した母機である可能性が高い。レーヴェ隊の任務は、この所属不明機を領空内で捕捉し、強制着陸させること。やむを得ない場合は火器の発射も許可する〉
「了解!」
通信を終え、エレナは所属不明機を追うコースに機体を乗せる。
〈……とはいえ、味方機の可能性もある。いきなり長距離ミサイルぶっ放すのはナシだぜ?〉
フリッツが無線で釘を刺す。
〈相手の所属が解らない状態で視程外戦闘を行うのは危険だ。IFF(敵味方識別装置)による識別も絶対ってわけじゃない。目で見て確認するまでは発砲禁止だぞ?〉
「解ってる……けど……」
相手が先にミサイルを撃ってきたら? エレナは言外に問う。
国際法の下にある正規軍や民間軍事会社の所属機ならいいが、テロリストが違法に入手した機体なら話は別だ。犯罪者相手に交戦規定は通用しない。それはフリッツも理解しているだろう。
〈心配するな。アスベルのECM(電子妨害装置)なら、真正面から撃たれても当たるもんじゃない〉
「うん……そうだね」
アスベルの性能の高さは今までの運用実績が証明している。その中で、長距離ミサイルによって撃墜された例は数えるほどしかない。
エレナも自機を信頼していた。だが、今日は嫌な胸騒ぎがした。
恐怖とは違う、言語化不能な不快感が胸の奥で蠢いている。接触が予想されるポイントが近づいているのに、そこへ行きたくないと本能が叫んでいるようだった。
そんなエレナの気持ちに反して、アスベルのレーダーが所属不明機を発見した。
〈アレか? 二時の方向に機影を確認〉
フリッツの報告を聴いて、エレナは彼の示した方向に目をやる。雲の切れ間に灰色の戦闘機の姿が見えた。
ステルス性を重視した形状の小型機だった。SF-12C「ジェスター」か、その
ジェスターの主翼に描かれた国籍マークを見て、エレナは思わず顔を歪める。六角形の盾と、その両側に引かれたストライプ――隣国・ヘドウィグ共和国の国籍マークだ。つまり、このジェスターはヘドウィグ空軍が主力戦闘機として運用しているJ型ということになる。
「ヘ、ヘドウィグのジェスター……何でノルトグライフの空を飛んでるの?」
自分でも声が震えているのが解った。汚い何かを触ってしまったようで、今にもエレナは震えながら叫んでしまいそうだった。
ヘドウィグがノルトグライフを攻撃した……エレナの頭の中に「戦争」という言葉が浮かんだ。
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