第16話 〈知る〉と〈分かる〉の距離 

 大会は終わり、沙都子たちも撤収作業に追われた。

 傍で守山がケーブルを巻き取りながら沙都子に言った。

「どう感じた」

 訊ねると言うよりも、それは独り言に近いものだった。

「孤独」

 沙都子の答えもまた、独り言のような響きだった。

「それが分かるなら、ようやく半人前だな」

「今までは何だったんですか?」

「ゼロ人前」

「おい…」

 笑いは無い。空しさが、沙都子の胸に去来した。

「先輩は知ってたんでしょ?」

 守山は答える代わりに、動きを止めた。

「臨在さんと坂本選手の関係とか、いろいろ――」

「二人の間柄については、直接聞いてない。ただ、調べてくうちに、まあ、それとなくな」

 調べた――と言うならば、当然梶原翔太の存在も掴んでいたはずだ。

「知ってて――」

「いいか、若林」

 守山が振り返り、沙都子を見下ろした。

「聞いて知るのも知るうちには入る。けどな、それは〈分かる〉とは別物だ。ググったら何でも知ることが出来るが、分かるとは違う。分かるには――」

 後の言葉を呑み込み、巻き取ったケーブルをバッグに押し込んだ。

――分かりますよ、今は。分かるには、自分の中に情報と共に立つ剥き身の自分が必須です。痛みを痛みと知る経験も必須です。脳が知るのと、心で分かる…の距離は、大きいですね、センパイ…。

 その上で記者には、書くという仕事がある。喜ぶ者傷つく者、多くの無関心無関係な者達――そこに向け、ビジネスで書く。

――それなら、自分はいつも悩んでいたい。

 沙都子は大会記事の中に、なんとか数行でも自分の言葉を入れたかった。

――半人前には、無理な話ね…。

 勝利者インタビューに応える雄介の、無表情な顔を思い出し、沙都子は溜め息を零した。

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