第12話 背中
並んで坂を下りる雄介と沙都子は、どちらも黙っていた。
駅前で別れる前、沙都子は改めて雄介に頭を下げた。
「ごめんなさい。引っかき回すような真似をしてしまって。悪気は無かったとは言え、悪気が無いからいいというものじゃないわよね」
下げた頭の上から雄介の声がした。
「いいんです。僕的には、いつか誰かが掘り起こすこともあるのかなって――そんな風に思ってたのも事実だし。それが若林さんみたいな人で良かったと、今は思っていますから」
顔を上げ辛くなった。見られたくない顔を、今自分はしている――。そう感じた。
「ただ、梶原のお母さんだけは傷付けないようにお願いします」
上目で見ると、雄介も頭を下げていた。通行人が訝りながら二人の脇を過ぎていく。
「それは絶対に約束します。でも――」
言うか迷った。だが、結局言うべきだと思えた。
「責任という意味では、坂本選手に事故の某かも責任があったとは思えないの」
「受け取り方ですね」
「そうね。でも、きっと数少ない人間の一人よね?坂本選手のそうした気持ちを聞かされた、私は」
雄介は頷いて見せた。
「その立場から言うけれど、それは整理した方がいいのかも知れない。きっと梶原翔太君も、坂本選手の本来の走りを見たがっていると思う」
――また私は余計なことを!
だが、雄介は微笑んだ。
「そんな風に僕自身が思える日は来るのか分かりません。現役を引退しても思えないかも。なにしろ、梶原だって走りたかったんだ。アイツにしても、そんな事を狙って走っていたわけじゃ無いはずだけど、記事になったり、タレントさんと話すとか――そんなのアイツのものだったんだ…って、まだ思うんです。だから、僕は今も、僕の前ってアイツの居場所で、僕はどのレースで勝っても、記録を作っても、アイツの背中を見てるんですよ」
沙都子に笑顔を見せるようにはなった。だが、そう言い終えた雄介は、やはり寂しげだった。小さく頭を下げ、沙都子に背を向けると、すぐに雄介は人混みに消えていった。
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