第2話

 僕はまったく痛みを感じていなかった。

 空き地に置きっぱなしになっているリヤカーを、シーソーの上を歩くみたいに、次々と渡る、という遊びをしていた。地面についているリヤカーの柄をまたいで、荷台を、坂を上るように進んでいくと、車軸を越えるあたりでバタンとリヤカーの後部が下がって、柄が勢いよく跳ね上がる。そして荷台からピョンと飛び降りると、リヤカーの柄の部分が地面を激しく打つ。荷台がバタン! となるまでのドキドキと、柄の重みによっていつもより高くジャンプできる爽快感に、団地長屋の子供たちは病みつきになっていた。

 これで、僕の怪我の原因は推察できるだろう。

 僕は柄が下がっているとき、順番が来るのが待ち遠しくて、リヤカーに少し近づきすぎていた。だから、母の「誰にやられたのか」という質問の答えに該当する《犯人》は確かに存在していた。だが、その子を名指すことは、今回の流血事故で失いかけている遊び仲間を、完全に失うことになりはしないだろうか?

 僕が無言で俯いていると、母は「早くめてっ!」の時の目になりかけ、それからその目を、僕の背後の空に向けた。母がそのとき何を考えていたのか、僕には分からなかった。

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