幽霊の出るマンション

親子の家 0

 クリスマスまであと10日。街路樹を彩る電飾と、あちこちで流れるクリスマスソングのせいで、なんだか街が浮ついた雰囲気に包まれているその年の暮れ。葦原あしはらみつるの元に舞い込んだのはマンションに出る幽霊をなんとかしてほしいという依頼だった。例によって、詳細は現場で聞いてくれと言われたので、盈は十を連れてその家へと向かった。


 幽霊はすぐに見つかった。

 そこはサウスヒルズという名前の8階建てのマンションだった。オートロック、管理人付きという安全面に配慮した家族向けの集合住宅である。

正面にエントランスがあり、マンションを側面に回り込むと外階段が見える。外階段には人影があった。

「いるなあ」

 とおの隣で盈が8階を見上げた。

外階段の踊り場から女が落ちてくる。十はそれを最初人間だと思った。師匠!師匠!!と盈の上着のすそを引っ張って知らせたが、彼は動かなかった。女は栗色の髪を風に靡かせて落ちてきて、すぐそばの地面に吸い込まれて消えた。

「上」

 盈が短く言ったので、十はまた上を見上げた。

8階の踊り場、手すりの上に女がいた。

空色のロングスカートの裾がはためいている。

お辞儀をするような格好で女は体を傾げ、また落ちてきた。

落下して、地面に吸い込まれて、また踊り場の手すりに戻る。

「人か幽霊かわからなかったら目の端で服をよく見るんだ。風がないのに服だけが動いてたり、変に厚着だったり薄着だったした時は幽霊の可能性が高い」

「目の端って何?」

「ガン見するなってこと。見られてると分かると嬉しくなってついてくる奴もいる」

 十は慌てて視線をそらした。女が地面に吸い込まれる。

「これは大丈夫。俺たちのことは見えてない」

 盈はまた上を見上げた。女はまたさっきと寸分変わらない姿勢のやや前傾した様子で手すりに立っていて、まったく同じようにスカートが揺れている。

落下。盈がすっと一歩前に出て、その長い腕を伸ばした。

 女の腕を掴み、ぐいと自分の方へ引き寄せる。

十は両目をつぶった。何回見ても奇妙で、ちょっと怖いのだ。

目を開けると、盈が手を軽く振って女を放り投げるところだった。風船のように、女は仰向けでふんわりと宙にとどまった。栗色の髪、白い七分袖のニット、空色のスカートには、白い糸で花の刺繍がされている。顔の半分を失っても、女はうつろな目を空に向けているだけだった。何も見ていないのか、ここにないものをずっと見ているのか、十にはわからない。

 女の頭は半分くらい抉れていて、そこから黒い霧のようなものが吹き出ている。

盈は眉をしかめて、煙草の煙でも吐くように口から黒い靄を吐いた。今女の頭から漏れ出しているものと同じだ。

「だめだな。食えたもんじゃない」

 その言葉と同時に、女はまた頭を下にして落下し、地面に吸い込まれた。

「食べれなかったの?」

「味が薄い。このままじゃ食べられない。こいつの未練とか、ここに残ってる理由とか、そういうものがいる」

 盈はポケットから取り出した板ガムを口にくわえる。

いる?と聞かれたが、十は断った。ミント味は舌がびりびりするから嫌いだ。

「美味いのに」

 そりゃあ、幽霊を食べれる人はなんだって美味しいと思うだろうよ、十は心の中でそう思った。





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